海の心臓

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 月日が経ち、二十になった縄次は島でも一二を争う偉丈夫となっていた。気は優しくて力持ち。縄次はじっさまの言いつけを守り、決して我欲のために暴力を振るわなかった。  自分の力が強いのは、非力な人を助けるため。自分の身体が大きいのは、困っている人を背負って進むため。その頼もしい背中には、彼を慕うたくさんの人間が着いていくようになった。縄次は見てくれだけではなく、海のように大きな度量の人間に成長していた。  その頃、じっさまは一日中布団の上で過ごす日が増えていた。身体はすっかり痩せ細り、その手の甲には青い血管がくっきりと浮かんでいた。もう銛も一年以上握っていない。身体の調子がいい日には、桟橋に腰掛けてじっと海の表情を眺めていた。  縄次はその様子を離れから見守りながら、じっさまは自分がいつ死ぬのか分かっているのかもしれないと思った。身体が衰えても寝たきりの日が続いても、じっさまは何も変わらない。老いを煩わしいとも、迫る死を怖いとも感じていないようだった。
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