海の心臓

4/16
前へ
/16ページ
次へ
「とっくに一人前の海の男だろうに。お前ほど度胸のあるやつはおらんよ。お前はおれの誇りさ」 「ありがとう。でもそれだけじゃ駄目なんだ。よく言えないんだけどさ、じっさまは他の人間と違う。どう言えばいいのかな……まるで自分が海と繋がってるみたいだ」  その言葉に、じっさまはぴくりと片眉を上げた。 「じっさまは必ず潜ってから一分以内に魚を仕留めてきた。毎回だぜ? 小さなアジから厳ついマグロまで。そんなことができる人間はいないよ」 「早けりゃいいってもんじゃないさ」 「別に、漁の凄さがどうこうって話じゃない。泳ぐにしても突くにしても、じっさまは誰よりも自由だ。海への理解度が段違いなんだ。俺はその世界に行きたい」  縄次は真っ直ぐな眼差しを向ける。 「お前はじゅうぶんな腕を持っているさ。それよりも早く嫁さんをもらって、このじじいを安心させてくれや。お前ならちゃんとやっていける。立派になった孫に幸せな家庭を持たせてやらんと、おれは死んだ糸一(いとかず)春波(はるな)さんに顔向けできんよ」 「むむ……」  そう言われるとどうにも弱い。縄次は顔をしかめながら言う。 「まあいつかは結婚するさ、心配しないでくれ」 「まったく。どうしてお前はそこまでおれの背を追うんだ」 「じっさまは俺の憧れなんだよ。子供の頃からあんな風になりたいと思ってたんだ」 「この野郎」  じっさまは照れてぷいとそっぽを向く。この孫は平然とこのような台詞を人に向ける。真っ直ぐすぎるのも困りものだ。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加