海の心臓

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 あれはイソマグロだ。じっさまはマグロの赤身が大好物なのだ。何とか食べさせてやりたい。縄次はびしっと気を引き締め、その闘志が相手に伝わらないよう器に収めた。  接近して悟る。こいつは強い。自分が狙われていることに気付いて尚、逃げ出さずにいる。これは人と魚の、命の()り合いだ。縄次は収めていた闘志を銛に宿す。対するマグロは早くかかってこいと言わんばかりに凜とした目を向ける。  いざ、勝負。  縄次の闘志が身体の真ん中辺りを穿つ。その瞬間、とんでもない力で引かれ、縄次は一気に体勢を崩してしまった。自分よりも小さなその身体から、巨大なホンマグロのごとき馬力が発揮される。これはまずい。  流星のような速度で相手は進み続ける。その傷口から一直線に流れる血が、青い海中(そら)に赤い飛行機雲の軌跡を残していった。  駄目だ、こいつは俺よりも強い。あまりの勢いに、縄次はただ引っ張られるがままだった。  手を離すか? いや、もうじっさまがいつ死んでしまうか分からない。最後に自分が捕ったマグロを食べさせてやりたい。これだけの猛者だ、味は絶品に違いない。縄次は死に物狂いで銛を握り続けた。  マグロは斜め下に進んでゆく。身体に力を込め続けていると、あっという間に息が上がってしまう。すでに残りの息はもう二割を切っていた。  縄次は勢いに負けじと目を開いて前方の好敵手を睨む。同時に、己の過ちに気付いてしまう。  マグロは岩と岩の間の細い空間をくぐっていた。それは自分の身体が通れる大きさの穴ではなかった。  まずい――手を離すにはもう遅すぎた。  マグロの泳力のままに岩へ激突し、縄次は気を失った。
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