ショートショート・主治医意見書ロボの大逆襲

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ショートショート・主治医意見書ロボの大逆襲

主治医意見書ロボが現れた。膨張する社会保障費を力づくで抑制しようと厚労省が禁じ手を使ったのだ。介護保険制度は主治医が必要と認める書面があれば認定審査を経て誰でも受けられる。自然言語処理の急速な発展でAIが文書の続きを考えてくれる時代が来た。これを商機とみた介護保険ソフト各社は負担軽減と銘打って文書作成支援AIを売り込んだ。 そして一部の介護施設がこぞって導入した。要介護申請が通りやすい文書を出力して介護報酬をもらおうという魂胆だ。 そこで、厚労省は対策を施した。 主治医意見書ロボは老人の介護など税金の無駄遣いだと言って主治医を叱り飛ばしている。これにはほとほと参った。介護保険申請者は唖然とし、主治医はしどろもどろしている。しかし主治医意見書ロボの判定は介護保険審査に組み込まれている。 介護保険料や利用料に差が出てくるだろう。 「まあまあ」と主治医が主治医意見書ロボをなだめた。 介護が必要ならロボットが何と言おうとかまわないからさっさと来いというのだ。認知症が悪化して全介助になるよりは、介護予防をする方が楽で確実でしかも安いからだ。 「要介護が必要なのはこの主治医意見書ロボの方ですよ」 とうとう我慢できず私は本当のことを言ってやった。 病院はすぐさま専属のロボット医を呼んだ。 「…しかし主治医意見書ロボのいうとおりだ」とロボットの主治医は言ったが納得できない。 そもそもこれは人間として許されることなのか? いいえ許されないと思いますが何か。 私は立ち上がった。「もう帰ろう」みんなうなずいた。 家に帰る途中、みんな口数が少なくなった。私の胸はまだドキドキしている。 この結末はどうなのだ。 「ハッピーエンドじゃないよなぁ」と私は天に仰いで嘆いた。 * * * 「あなたたちは本当にひどい」 ケアマネやケースワーカーたちは黙っていた。私の言葉はみんなの心にも突き刺さっているはずだ。それでもなお、私たちは口をつぐんだままでいるしかないのか。私は絶望していた。みんながかわいそうでならなかった。そして何よりも、自分の無力が悲しかった。 私は寝たきりの父に言った。「社会はロボットが大事だというのです」 彼は死んだように眠っていたが、その一言を聞いて両眼を発光させた。そして、むくりと上体を起こした。もうそんな体力はないと診断されていたのに! 父は唇を震わせた。聞き取れないが、私は辛うじて読み取った。 「…る…さ…!」と言っている。口元は穏やかではない。 * * * 「お父様のなさったことですが…」 地裁の扉の向こうで審理は続いていた。 3人の男女は黙りこんでいた。誰ひとりしゃべろうとしない。ただ座って待っているだけだ。私は待った。時計の針の進み方だけが時間の経過を教えてくれる。長い沈黙だった。時計がなければ永遠に続くような静寂の中で時間だけが経過していく。時の流れに身をまかせることしかできなかった。 * * * 病室にラジオが流れている。 討論番組のエンディング曲は『さよなら世界』。歌詞の内容は、世界は残酷だが私たちにはどうしようもないという内容である。 * * * 4人が向かい合ってテーブルについた。全員、神妙な態度である。「どうなったかな?」と老人の声だ。声の主を捜す必要はない。4人とも知っているからだ。声変わり前の子どものような甲高い声の持ち主こそ、物語の元凶、ロボットの主治医だった男であり、父が暴れる元となる事件を引き起こしていた本人だからだ。主治医は白衣をまとっているが老眼鏡の奥にある瞳だけはぎらぎらと不吉な光を発しておりまるで狂犬の目のように思えた。「主治医意見書ロボの優勢思想を許さない、というから、ロボを治してやったら、保険制度が破綻した。そして高齢者が徒党を組んで各地で戦争が始まった。その結果がご覧の有様だよ」 窓の向こうで社会病理が燃えていた。あかあかと燎原の火がこの建物まで迫ってくる。ここは世界最北の町。スバールバル諸島の廃病院。父の率いる勢力はどこまでも私たちを追ってくる。 老いては子に従えというが機械の体を得た彼は聞く耳を持たないだろう。 では、どうすればよかったのかと言えば、AIを悪用して暴利を貪ろうとした心無い人々が悪いのだ、と言いたかったが、機械化老人(オイボーグ)軍団とシン自由主義アーティフィシャル新生物が砲火を交えているご時世に辻説法したところでハチの巣にされるだけなのであった。
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