夕陽が射し込む蟲の密室

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「いい加減,帰りたいんだけど……何日メシ喰ってないのか,もうわかんねぇよ……頭もすげぇ痛いし」  遠くで沈んてゆく夕陽が闇に呑み込まれていくのを目の当たりにし,心の奥で寂しさと恐怖心が混じりあい,幼い頃に家族で囲んだ食卓を想い出し懐かしんだ。  母親の作る晩ご飯を頬張り,父親がビールを片手に観ているニュースを横目で観ながら早く自分の部屋に行ってスマホで動画を観たいと黙々と食事をしていた時間が懐かしく,あの頃に戻れるならどんな代償を払ってもよいと願った。  幼いころは家族で揃って近所の公園で遊んだりもした。夏場は肝試しによく使われていた地下迷路(ダンジョン)のような防空壕跡を真っ白なコンクリートで補強した防災倉庫で,懐中電灯を顔にあてた父親に驚かされたりもした。あの頃は誰もが笑顔で溢れ,些細なことでも笑うことができた。  家族が揃う家の空気は暖かく,思春期になり疎ましく感じていた父親ですらいまでは愛おしかった。闇に呑み込まれていく自宅の屋根は心を(えぐ)るような想い出を与えてくれるだけで,当たり前のように過ごした家は,いまでは他人が好き勝手に使っていると思うと耐えられなかった。  お気に入りの壁紙を貼ってもらった自分の部屋は,いまどうなっているのかわからず,知らない誰かに壁紙が汚されていたらどうしよう,もしかしたら壁紙を剥がされているんじゃないかと思うと胸が張り裂けそうになった。 「マジで帰りたいんだけど……どこだよ……ここは」  痩せ細り自由の効かない手脚を器用に使い,冷たい床を這いながら窓から離れ,擦り切れ真っ黒に汚れたタオルの上に移動して横になった。  目の前の積もった埃を眺めながら,もうどれくらいこの場所でこうして過ごしているかは覚えていないが,壁から滲み出る水滴を啜り,天井から落ちてくる蟲を食べて空腹を紛らわせた。骨が浮き出た身体は黒く変色し,髪は抜け落ち性別がわからないほどその容姿は変わっていた。
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