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第3話 組手試合
「両親は私が中学の頃から喧嘩や別居を繰り返してたけど、私が高校に上がった年に離婚した。私には三つ下の妹がいたけど、父親は妹のことをすごく可愛がっていて、私は何をやっても褒められなかった。勉強も運動も割合出来るほうだったし、見かけだってそんなにブスじゃないと自分では思ってたけど」
「久美さんがブスなんて、そんなことを言う人はいません」と私は笑った。
「ありがとう。でも父親からは、お前は性格ブスだって言われた」
「お父さんと何かあったんですか?」
「小さい頃はお父さん子だった。小学校に上がってすぐに父親が以前に通っていた空手道場に連れて行かれた。父親は有段者だったから、自分の強いところを見せたかったんだと思う。低学年のうちはお遊戯みたいな感じだけど、三年生から本格的に打ち込むようになって、どんどん強くなったのね。空手以外のことは殆ど犠牲にして、四年で都のジュニア大会に出場して、五年の時に準優勝。そしたら父親が『組手』をやろうって。私は練習のつもりでいたら、『組手試合』の意味だった」
「お父さんと戦ったんですか?」
「そう。そしたら私の一本勝ち。『ビギナーズラックだよ』とか『オレはまだ本気出してないから』って言い訳するんだけど、あの人は有段者と思えないほど隙だらけだったから、次も、その次も続けて私が勝っちゃったの。父親は喜んでくれると思った。『お前は凄い。小学生で俺を超えた』みたいに……」と笑う笑顔は少し寂しそうだった。「それなのに、帰りのクルマの中でまったく口をきいてくれないの。たぶん私はあの人のプライドをへし折っちゃったのね。その後、『もう空手はやめろ。これ以上強くなったら可愛げがなくなる』って、父は無理矢理私を退会させた。でも師範にすごく評価されてたから、父に内緒で道場に通い続けたの。そうしたら、六年生の時に小学生の女子の部で優勝しちゃった。さすがに雑誌にまで載ったから内緒に出来るはずもなくて。父親は怒り狂ってた」
「ちょっとひどすぎます」と私は言ってしまった。
「でもね、私も父親を裏切ったような気がして、なんだか申し訳なくて。誕生日のプレゼントを両親から聞かれたときに、これを欲しいって」と言うと、図書館から引き上げてきた『老人と海』を手に取った。
「父親の祖父、私の曾お祖父ちゃんは大間で漁師をしていたの。マグロの一本釣り」
「大間って青森県でしたっけ?」
「そう、本州の最北端。一度、家族で青森に帰ったときに、父親に聞いたのね。小四のときだったかな? 『マグロの一本釣りってどんなの?』って聞いたら、父親は『ヘミングウェイの老人と海みたいなもんさ』って言ってた。それを私はずっと覚えてたのね。プレゼントに『老人と海』が欲しいっていったら、きっと父親は喜んでくれると思ったんだ。そしたら,まったく逆効果で、父親に『ちっ』て舌打ちされた。『お前はほんとうに可愛げのない娘だな。留美みたいにもっと女の子らしいものに興味はないのか?』って」
「留美サンって妹さん?」
「そう、三つ下で小三だった留美は『プリキュアのDVDが欲しい』って」
「なるほど。久美さんとは対照的」と私は頷いた。
「でしょ? それからはもう忘れようと思った。空手道場も中学生になったら、まったく行かなくなったし……」
美優ちゃんが子供部屋から出てきた。
「お疲れさま。もう勉強終わった?」と久美さんが問いかけると、「ハイ」と天使のような笑顔で頷く。
「美優ちゃんごめんね。ここ占領しちゃって」と小さなレディを気遣ったつもりだったけど、「わたしはだいじょうぶだから、今日はゆっくりしていってください」なんて言われてしまった。
「テレビ見るならいいよ。話がうるさかったらヘッドフォンする?」と言う久美さんに、美優ちゃんは首を横に振る。
冷蔵庫を開けてカルピスを水で割りながら「これ飲んだら、ゲームしていい?」と聞いた。「プレステ?」と言う久美さんに、美優ちゃんは「スイッチだから部屋でだいじょうぶ」と答えていた。
彼女はきっと私たちに気を遣っていたに違いない。
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