第7話 再会

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第7話 再会

「三学期から学校に行かなくなって、高校は辞めて働くつもりだった。剛史はバイトしてたけど、私はバイト先がなかなか見つからなくて、剛史のお母さんはそんな私を気の毒に思ってお小遣いくれたの。沢山じゃないけどね。コンビニのバイトの面接で店長にセクハラされそうになって、ムシャクシャして一人でゲームセンターで遊んでたら、同じ学校の一年下の不良グループの子に絡まれたんだ。無視してたら、いきなり外に連れ出された。髪の毛捕まれて、お腹に蹴り入れられて、しばらく我慢してたけど……気づいたら自分の周りに五人倒れてた」 「えー!? もしかして空手で?」 「相手にとって命取りになるから、本気出してはいなかった筈だけど……」  久美さんの隠された一面に、文字通り開いた口が塞がらない。 「アネキ、アネキって持ち上げられて、次の日から地元のグループと連むようになった」  しばらく沈黙が流れた。 「剛史はそんな私を心配してくれてた。『最近、久美の悪い噂をよく聞くけど、あんなやつらと付き合わない方が良いんじゃないか』って。でも『余計なお世話よ。あんたにあたしの気持ちがわかるか!』なんて言い返したせいで溝が出来ちゃった。彼の家にいるのも肩身が狭くなって……。グループの一人に親が殆ど家に帰らない金持ちの子がいたから、結局そいつの家に居候することになったんだ」  剛史くんは可哀想だけど、久美さんがそんなこと言うなんて、よっぽど気持ちが荒んでたんだろうな。 「あたしたちのグループはかなりのアウトロー集団だったけど、あたしだけは覚醒剤もやらなかったし、万引きとか窃盗とか恐喝とか……犯罪行為には絶対手を染めなかった。あの日、次雄さんと約束したことだったから、あたしはずっと武闘派専門」  私はゴクリと唾を飲み込んだ。久美さんの声はオクターブ下がった気がするし、いつもと違って表情も怖い。 「それから一年経って、リーダーを襲名するって話になったんだ。でも前のリーダーって地元の暴力団と関係してたんだよ。さすがに暴力団の手下になるのは勘弁して欲しいって思った時に、次雄さんがノートに書いてくれた『人の痛みを思いやることの出来る優しさ』って言葉を思い出した。あんなに嫌だったはずの、我が家の修羅の因縁の真っ只中に自分がいるってことにやっと気づいたんだ。剛史やお母さんの優しささえ踏み躙って、私の人生っていったいなんなんだろうって……」  久美さんはとても悲しそうな表情を見せたけれど、そのあといつもの優しい笑顔に戻ったので、私はほっとした。 「そしたら無性に妹に会いたくなったの。持田家のお墓に行ったら妹に会えるんじゃないかって思って、寒い真冬の早朝、セーターにスタジャン羽織っただけで、手ぶらで列車に飛び乗った。持ち物はサイフと携帯だけ。真っ直ぐ墓地に行って、汚れてた墓石を一所懸命洗って、初めて妹に手を合わせた」  久美さんは目を瞑って静かに両手を合わせている。まるで観音様みたい。 「綺麗な合掌ですね」 「|未敷蓮華合掌《みふれんげがっしょう》っていうの。次雄さんが、蓮の花のつぼみのイメージって教えてくれた」  久美さんの真似をして、私も左右の掌を合わせてみた。 「小さな卵を掌の間に包み込む感じで、中指を少し開くの」 「こうですか?」と恐る恐るやってみた。 「そうそう。そんな感じ。優しい気持ちになるでしょ?」 「はい!」 「蓮って泥の中から綺麗な花を咲かせるのね。自分はどんなに汚れた娑婆世界にいても、本来は蓮の花のように身も心も清浄だって、そういう意味なの。まるで、私のために教えてくれたみたい」 「すてき!」 「次雄さんは、そいういうことを沢山教えてくれた。きっと、もっともっと教えたいこと沢山あったと思うんだけど……」と言うと、久美さんはまた次雄さんの写真に視線を向けた。 「持田家のお墓参りのあと、すっごく会いたくなって、ふらっと図書館に立ち寄った。もういないかと思ってたら、次雄さんはちゃんとそこにいた。でも、私は髪は金髪だし、目の周りは濃いシャドー塗りたくってるし、あまりに変わってしまったから、彼はすぐには気づかなかったみたい。昔と変わらない彼の姿を見たら、自分が穢れた存在になってしまった気がして、やっぱり来なきゃ良かったって……。万引きした時みたいにそーっと出て行こうとしたら、また後ろから声かけられたの。『待田久美さんだね?』って。振り向きながら『今は鈴木久美なんです』ってやっと言えたけど、私の姿を見ても嫌な顔一つせずに、『預かった本はちゃんと保管してあるよ』って微笑みながら言ってくれた。『四時には仕事が終わるから、あと三十分だけ待ってくれ』って言われたけど、その時間がすごく長く感じた」  久美さんは笑ったけど、目尻には涙が光ってた。 「図書館の喫茶スペースで、仙台にいた二年間のことを全部話したの。それこそ、ロストバージンのことや、そのあと付き合った男の子のこと以外はぜーんぶ。話し終わった後、しくしく泣いてたら、次雄さんから、『今夜泊まるところは?』って聞かれて、『駅前のネットカフェでも行こうと思ってます』って答えたら、すごく驚いて。『うちにいらっしゃい。一部屋空いてるから』って言ってくれたの」 「うちって、もしかして?」 「そう。私が躊躇(ためら)ってたら、『僕はもうお爺さんだから心配しないで』って。それ以来ずっとここにいるわけ」  私たちが座ってる床を指さしながら久美さんは笑った。
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