ウイッシュカムスルー

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隼人の実家、正確には父親の実家だが、は町工場とも言えない規模の個人事業主だ。細々とした研磨や鍛造の仕上げを貰う下請け会社だが、高い技術と景気にあわせて手を広げなかったことで周りが倒れていく中、しぶとく生き残っていた。でもただそれだけ。だから隼人の父親は極々普通のサラリーマンになった。遅れてきた反抗期から抜け出せない絶賛渦中の隼人が父親が見捨てた祖父に肩入れするのは成り行き(あてつけ)だ。先細る国内ではなく海外へプレゼンするのは当然の流れでもあるが、忌ま忌ましいことに父親の海外赴任がその人脈の機会を与えている。どこの家庭にも事情があり誰にだって悩みくらいある。 「だから、無理に人にならなくても七面鳥も良いと俺は思うんだ。ヒロヒコはヒロヒコじゃないか。」 「プッサン、勘違いさせてしまったようで済まないが、七面鳥の形をしていては不自由が多すぎるから人間に成りたいんだ。」 「ああ、うん、わかってる。」 「わかってるかい?不自由が無ければ、日本人の意識をもつ七面鳥でもいいんだ。友人も作れず、家族に肩身の狭い思いをさせ、義妹(ニア)には会えない。就労は出来たが勉学も自己完結だ。人にしか与えられない社会に組み込まれたいなら人に成らざる得ないんだよ。」 「払った税金の恩恵も受けれないしね。」 「全くだよ。」 「家族としてはどちらでもいいんだ。でもヒロヒコが望むから願ってるよ。ニーアムは可哀想だけど。それはお互いさまだろ?」 「だが、タラはボクに付き合ってニアと暮らせない。」 「七面鳥じゃ日本への旅行も厳しいな。」 「全くだよ。」 暖炉でマシュマロを焼いてクラッカーで挟んで食べるってのをやりたかったんだ、と三匹の犬を背もたれにする隼人に、おすすめはしないよ、とロッキングチェアから七面鳥は忠告する。ボクはチョコレートとビスコッティを頼むよ、とマシュマロのボールに板チョコを割るとたぁくんもフワリにもたれた。マグカップに立てられた鉄串にマシュマロを刺し炙り始めてから、ふと隼人は思う。あれ、鉄串長くない?どうやって喰うの? 「ほらプッサン溶けてきた。そのままタラの前に差し出して。」 「え?」 「そう、こっちだ、ビスコッティに落としてくれ、うん、そう、いいね!次はチョコレートにしてくれよ?」 焼きたてのマシュマロをビスコッティでサンドしたたぁくんは熱い熱いと笑って頬張る。ぽろぽろと割れた欠片はあっという間にフワリの口の中だ。ほらプッサン、マシュマロ溶けてきたよ、こっちにくれないか?と七面鳥の声がした。翻弄される隼人に2人が笑いを堪えきれなくなるまで犬たちは焼き菓子の欠片をうっとりと口に入れ続けた。 ロンドンからのフライトチケットが取れたのは年明けの二週間後だった。これだけの長期滞在となれば神出鬼没のドアマンが先々の取引に関わるタラの有能な秘書であり日本語に堪能だったと隼人は知る。銀色に桜を焼き入れした底の丸いワインタンブラーを置き土産に渡すくらいの謝意は示した。実に日本人らしいよ、と七面鳥は快活に笑った。
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