ウイッシュカムスルー

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七面鳥の胸元には隼人の作ったルーペが揺れる。鳥は小さな文字が苦手だ。拡大鏡はいたくお気に召したらしい。目ざといユキさんにも強請られたので販路があるかもしれないと隼人は試作品を贈りますと引き受ける。 魔方陣はもちろん無しだ。チタンの虹色よりもシンプルに研磨した軽いフレームはどうだろう?と営業マンの顔をすれば、たぁくんは出資者の顔をして、ユキさん()には真珠と桜色を頼むよ、と新しい課題を突きつけた。七面鳥はそれより折り畳みの老眼鏡がいいだろう、とアドバイスをする。なるほど。そっちのほうが実用的だね。と頷く男性陣は知らない。ユキさんが老眼鏡の世話になりたくないと思っていることを。女性の心理は実に難しい。時には年齢を晒し感嘆を得ようとし、時には年齢が判るものを遠ざけようともする。余計なお世話は焼かないほうが賢明だ。 出発の日、どうなるかわかんねーけど、と前置きした言葉を切ると、隼人はジュニアの背カゴ乗り見送る七面鳥を眺めた。 七面鳥の形でも彼は日本人でヒロヒコであることを止めないし、タラはそれを陰日向に支え続けるんだろう。それで俺はもう巻き込まれてる。こいつらとも長い付き合いになると知ってしまった。長々とした溜息を吐ききった。 こうやってほだされて流されて、俺はいつかきらきらの魔女の秘密(さっちゃん)を軽んじて貶めるかもしれない。溜息を吐いている間に隼人はこれからの業を深く強く胸に刻み込む。覚悟を問う。言い訳をする。いつか年をとらないさっちゃんが日本人をやめたくなったら、英国のくそ田舎を候補にあげてやる。連帯責任上等だ。そうだろタラ? 手袋ごしの挨拶(別れ)の握手を離さない隼人にたぁくんが笑顔のまま首を傾げた。赤金の髪がきらきらと太陽に反射しレトリバーのジュニアの巻き毛もきらきらと瞬く。七面鳥までエフェクトのかかるきらきらに隼人は惚け、ふざけやがって、と願掛けしていた八百万の神を心中で罵った。 握り合っていた手を払いのけ、乾いた笑い声をあげた隼人に面食らうたぁくんをキッと睨みつける。それから七面鳥を見下ろし不敵に笑ってみせた。たぶんきっとぜんぶうまくいく。 確信があった。他力本願だけれど。 こんなタイミングで運命のきらきらをふりかざした神なんてあたま沸いてる。俺は恋愛要素しか願ってない。でもいいさ。俺の恋愛より神様が友情を選べってんならそうする。叶えてくれ。 右手の指をピストル型にし、たぁくんから七面鳥へと突きつけた隼人は銃身をあげる仕草のあと、ありもしない煙に息を吹きかけ、声を潜めた。 「俺の知ってる魔女は解れた物語を紡ぐんだ。ヒロヒコはこんがらがった魂の糸だ。魔女が正しく紡いだ朝、目覚めたらヒロヒコは人になる。じゃあな。」 片手をあげ振り返らない背中に、厨二病極まれりだね、とたぁくんは呆れ果て、七面鳥は愉しみにしているよ、と微笑んだ。 可笑しな(痛々しい)言動もあったが、隼人は2人にとって立派なサンタクロースだ。奇妙な隠し事を持ち続けたたぁくんと七面鳥が、ずっと欲しかった秘密を共有する友情を与えたのだから。
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