ハローマイフレンド

1/3
前へ
/12ページ
次へ

ハローマイフレンド

「日本人には参るね、クリスマス休暇(ホリデイ)に仕事の話に来るとは。全く以ていかれてる。歓迎するよ。ようこそ我が城へ。」 赤金の巻き髪を後ろにひとつに纏め、カッターシャツに毛織りベストの軽装で肩を竦めたのは、すっかりオトナになったサディアス(たぁくん)だ。たぁくんは、玄関を開けたドアマンの横でこの世の終わりを体現する友人を笑顔で迎えた。黒のダウンコートを雪で白く染め、エントランスへ入ろうとしない友人、隼人(プッサン)に大仰にウエルカムと告げる。 「想像以上のくそ田舎だ。やばいぞ。明日からはバスが無いってまじか。働けよ英国野郎。」 どうせわからないだろうと心の声を日本語でぶちまけるが、根は小心者。上着から室内に落ちる雪に踏鞴を踏み動けないことを察した、言語学者も一目置く変わり者のドアマン兼ベルボーイ、他にも役職は多々あり有能な秘書でもある、はコートとトランクケースを流れるように奪い去った。 たぁくんは身軽になった黒髪の友人をパーラー(談話室)へと案内する。広い廊下は厚手のコルク敷きで足音は吸い込まれ、互いの軽口だけが響いた。ご主人をドア前で待っていたパンダカラーふわもこシープドッグのフリーは差し出した頭を撫でられた後、先導とばかりに客人を部屋へ誘った。広々とした大きな窓にはミラーカーテンが下ろされぼんやりと外の雪景色の明るさを拾う。埋め込みの暖炉は赤々と燃え室内を十分に暖かく満たしていた。適当にかけてくれと促し、たぁくんは暖炉脇のロッキングチェアに足を投げ出した。 「椅子の文化ってのは優雅なもんだ、そうやってるとおまえが貴族様ってのもあながち嘘じゃないな。庶民の俺は彼らと絨毯に転がりたいぜ。」 役目を終えたフリーは暖炉前で寛ぐ鹿の子色のレトリバー二匹の間に大きな躰をぐいぐい押し込んで迷惑がられていたが、客人の声に垂れた左耳を傾け、それなら真ん中を譲ってもいいよ?とわふんと応えた。 「フリーがこちらへどうぞ、だそうだ。」 「おぅ。誘いは嬉しいが、悪いなわんこう。土足の文化が俺には無い。だが。馴染んでやらんでもない。この滞在は長くなりそうだ。」 「わふ。」 割り込むために両隣の犬の背中に半分ずつ乗せたお尻を引き上げたフリーは足取り軽く、壁面のハングに掛かる一匹モノの鹿革の端を咥え引き落とした。(フリー)の曾祖父が仕留めたと鼻の穴を広げ自慢したが、残念なことに隼人には伝わらない、それを引きずりたぁくんのロッキングチェアの横、つまり、暖炉前の先輩犬たちの隣に広げる。短く刈られた前髪から覗く丸い目を輝かせ撫でられ待ちの姿勢をとった。座るんでしょ?ほら褒めてもいいよ?撫でてもいいよ?ボクは気が利くでしょ?の気持ちをたった一言の『わっふん』に込める。寝たふりを続けていたレトリバーのフワリが騒がしさを咎めてハンディモップのような尾を揺らした。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加