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「ほぅ。わんこう、貴様はこの滞在に前向きになれと?」
「君がこのまま帰るなら最寄り駅までは車を出してやってもいいが?」
「相変わらず下手なアメリカンジョークだなタラ。ロンドンから乗り継ぎでここまで2日半かかったんだ。雪で運行も乗り継ぎもぐたぐた。で、だな、俺のロンドン発のフライトチケットは明後日だ。最寄り駅まで乗り付けりゃ間に合うと?アメージングだぜ。」
左右からわしゃわしゃと頭を顎下を首根っこを撫でられ満足したフリーは自分で敷いた鹿革にどてんと横倒しに寝転がり四つ足を伸ばした。君もどうぞ?とスペースをつめる気遣いもしたのに客人は立ったままだった。何の気なしに振った尾がイングリッシュレトリバーのジュニアの背中を叩き、尻をがぶりと噛まれ、噛みつかれたまま鹿革から引きずり下ろされていく。鹿革に許可なく寝転がるのは無礼な振る舞いだとジュニアの隣のソルもくふぅん、とため息を盛らした。
「つまりクリスマス休暇を一緒に過ごしたいと?」
「結果な。、、仕事の話も、、つもる話もある、が、、それより、、なぁ」
ティカップの並ぶパーラーキャビネットの鏡に写り込むローズウッドの丸テーブル。対になる革張りの椅子に気配無く座していたソレは鏡越しに灰色の混ざる白髪を揺らし会釈した。唐突に肩を跳ねあげ、ゆっくりと部屋の奥へと振り返る隼人の視線をたぁくんは追い、ああ、そうだった、と機嫌よく続けた。
「皆を紹介しよう。うちは代々森番の系譜だと教えただろ?猟犬は引退後は屋敷で暮らしてるんだ。シープドッグのフリーはこう見えても鹿を追い込むのがうまくてね。母犬は穏やかだったがこいつは悪戯好きで、今も「そっちじゃねーよ。わんこうは後だ。あっちだ、あっちのリアルファービー。」
「すまない。日本語は久しぶりでね。感極まっていたよ。」
「、、、は?」
「タラ、紹介してくれないか?」
心地良いバリトンボイスは隼人の馴染みの言語だが言い回しは日本のそれとは違う。何より声帯がどこかおかしい。
「ああ、ヒロヒコ。もちろんだとも。彼は生粋の日本人で学友でもあった隼人だ。プッサン、彼はヒロヒコ。ご覧の通り日本人だ。見た目は七面鳥だけどね。」
「同郷とお会い出来て実に光栄だ。よろしくプッサン。」
「、、は?」
ソフビのウルトラ怪獣人形の質感を思わせるダルダルで肉厚な皮膚の皺を僅かに動かし、つぶらさとは似合わない存在感のある鋭い目を細め、笑顔と思しき表情の七面鳥は優雅に両羽根を広げ椅子に座ったままプッサンに会釈した。
「私のことはヒロヒコと呼んでくれ。残念なことに家名は覚えていないんだ。それもあって、タラに厄介になっている。」
「気にするなヒロヒコ。ハンドラーとしては恩恵ばかりだ。」
ロッキングチェアを揺らし振り返るたぁくんにヒロヒコは穏やかな眼差しを向けた。たぶん。七面鳥の目つきは鋭くわかりにくい。
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