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七面鳥は蔓編みカゴから降りなかった。
家人に隼人が挨拶を済ませるのを見届け、義両親と義妹と近しくない距離で会釈し、メリークリスマス、よい夜を。と微笑んで退場した。
「途中で追加された七面鳥の丸焼きに震えが走ったぜ?」
「ボクに気を遣ったんだろう。普通は最初から食卓に並んでいるらしい。」
「それなら七面鳥喰うの止めれば「クリスマスにチキンしか食べたことのないんだってね?七面鳥が買えなくても家鴨を買うのが普通なのにそれすら叶わないなんて同情するよ。」
「文化の違いだ。」
「そう、文化の違いだよ。七面鳥を食べるべきなんだ。日本人が餅を食べるように。」
「ボクは餅を食べてみたい。七面鳥もいずれ、ね。」
全ての家具が低く配置された部屋の座卓には炬燵布団が掛けられて天板もあげられている。ヒーターパネルは無いが陶製の湯たんぽが入っていて温かい。床に張られた毛足の短いラグの手前で靴を脱ぎルームソックスに履き替えるのがこの部屋でのルールだと日本人である七面鳥は笑った。エスプレッソマシンの挽きたてのコーヒーを座して啜る隼人と七面鳥に、床に座る文化くらいはボクも尊重している、とたいそうな前書きをしたぁくんはスツールに腰をおろした。炬燵布団に入ろうとはしない。たぁくん専用の部屋履きは赤ん坊が履くしっかりとした縫製の絹靴だ。
「それにしても素晴らしいプレゼンだった。父のあの喜びようといったらまるっきり子どもじゃないか。本当に貰ってしまってよかったのか?」
「そのつもりで持ってきたんだ。それについては、でも、タラ、弟妹がいると教えてほしかったぜ?」
なぜ?と返したたぁくんに恨みがましい視線を投げる隼人の代わりに口を開いたのは七面鳥だ。
「弟妹が居るとわかれば、クリスマスプレゼントを用意したのだろう。わかるよ。プッサン。」
「まさか。初めて会うのに?好みも知らないのにか?買収の真似事じゃなく?なぜ?」
「「礼儀だ。」」
当たり前だろう、と非難を込めてたぁくんを諭す七面鳥に隼人は、彼が日本人なんだと改めて認識する。些細なことだ。背の低い配置の機能的で単純な造りの家具。電動のエスプレッソマシン。炬燵に湯たんぽ。挨拶には手土産を。クリスマスにはプレゼントを。正月にはお年玉を。それが日本人の礼儀だ。それだけの話を、なぜ?と問われる意味がわからない。両手で七面鳥の右翼の先を包みガシりと握手した隼人に、たぁくんは僅かに眉を潜めた。七面鳥は掴まれた右翼を好きに上下されている。満更でもなさそうに。そしてひっそりと思う。プッサンはボクの友人になってくれるだろうか。
「急だからこんなもんしかねーけど。ヒロヒコ、メリークリスマス。タラ、おまえの分はニアにやっちまったからこれをやるよ。メリークリスマス。」
虹色の鞘に魔方陣の刻まれた肥後守をたぁくんに手渡し、白い革紐に通した虹色のチタンフレーム、こちらも魔方陣を刻んである、拡大鏡を隼人は七面鳥の首にかけた。隼人は営業マンとして優秀になったが厨二病は患ったままだ。
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