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達樹と母と沈黙を乗せた車は、あっという間に目的地に辿り着いた。
車から降りた達樹は、母の隣に立ち、目前の小綺麗な建物へと歩く。
受付を通過し、直進した先の大きな扉をくぐると、そこには厳かな大部屋があって、さらにその中央に、無機質な長方形の箱が鎮座していた。
達樹はその箱に向かって静かに歩を進め、中を覗き込む。
そこにあるのは、もう一つの、懐かしい顔。
「父さん」
母と同じく歳を重ねたその顔から、もう「おかえり」の言葉は聞こえない。
「あれ、お兄ちゃんだ」
振り返ると、妹の美香が立っていた。
見違えた。
最後に見た時は野暮ったい田舎娘といった風貌だったのに、ばっちり化粧を施した今の姿は、達樹の住む渋谷でも十分通用しそうなクオリティーに仕上がっていた。
これが白黒でなければ、もっと映えたんだろうけど。
「今回は帰ってきたんだ」
今回は、という部分に静かな怒りを感じ、達樹はハッと息を呑んだ。
が、達樹を見る彼女の目に敵意は感じられない。どうやら、心の内から自然に出ただけの感想だったらしい。
しかし、そのことが余計に達樹を苦しくさせる。
妹の目に兄は、父親の死に目にも立ち会わない、人でなしに映っているのかと思った。
「そりゃ、帰ってくるさ。こんな時だもの」
達樹はぎこちない笑みを張り付け、語りかける。
血の通った普通の兄がそうするように。
「よく言うよ。あの時は帰ってこなかったくせに」
美香は責めていない。わかっている。
彼女は笑いながら、軽い調子で言った。
おそらく、ほんのジョークのつもりだったのだろう。
だけど、達樹には笑えないジョークだった。
返す言葉もなく、ズキズキと痛む胸を庇うように、俯き黙ることしかできなかった。
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