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振り返って、思う事
「もう少しだけ」
私の人生の中で、何度この言葉を言っただろう。
「もう少しだけ、遊んでいたい」
学生の時、友達と遅くまで遊んでいる時にそう言った。
「もう少しだけ、君と一緒にいたい」
大人になってからは、恋人とデートしている時にそう言った。
「もう少しだけ、元気でいたい」
老人になって、孫の顔をもっと見ていたくてそう言った。
「もう少しだけ――生きていたい」
果ては死が近づいている時ですら、もっと家族と一緒にいたくてそう言った。
この言葉を言う度に、思う事。
何で、時間というものは絶えず流れていくんだろう。
『そういうもの』だから。そう考えて、納得するしかないんだろう。
けれど私は、納得しなければいけないものが納得できない。
同じ時間がずっと続けば、いつまでだって同じままでいられるのに。
楽しい時間のまま、若い時分のまま、愛しい人と一緒のまま――
ずっとずっと同じ時間が続けばいいのにと、歳を重ねても思う。……いや、違う。歳を重ねるごとに、そう思う回数が増えていったのだ。
これは日々を過ごすことで、確実に死に近づいているから? 或いは――幸せな時間程早く過ぎてしまうと、無意識に気付いてしまうから?
「は……はは……」
しわがれた声しか出せなくなった口から、笑い声が零れる。
なんてことだ。だとしたら人生というのは、幸せな時間がある程に辛くなっていくということでもあるではないか。
「そんなのは……あんまりだ……」
涙が、零れる。幸せを感じる程辛くなるなんて、なんて皮肉なのだろうと。
……そして
私の人生は、そう思える程に幸福な時が多かったのだと、今更ながらに気付かされて。
ああ、瞼が重くなる。ベッドに横たわった体から、力が抜けていく。
嫌だ、嫌だ――もっと、もっと生きていたい。
もっと幸福な時を過ごしたい。こんなに早く終わるなんて、絶対に嫌だ……!
「頼む……頼むから……」
誰にともなく言い。
皺だらけになってしまった手を、天井に伸ばして。
「もう、少しだけ……生きさせて――」
そう言ったのを最後に。
私の意識は、闇に落ちた。
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