さくらの花びらたち

1/1
前へ
/2ページ
次へ

さくらの花びらたち

さくらだね。 彼は、振り向きながら、いつもの笑顔を僕にした。 僕は、ぶぜんとその笑顔を見送った。 このさくらは、一体、何をさすのだろう。 ふつうだったら、桜の花をさすのだろう。 彼は、細かい。 桜の花の枝ぶりや幹の大きさまで言いかねない。 僕は、返事をせずに沈黙で返す。 月夜の照らされる桜の薄紅の波の中に、漂う僕と彼。 僕等は、遠くまで広がる桜の木々の下を歩いてる。 足元に広がる桜の花びらたちは、水面に沈んだ難破船の船員達の死体を隠す。 闇雲に歩いても仕方がない。 彼は、独り言ちた。 僕はまた、黙ってる。 僕は、まだ迷ってる。 二人は、情緒不安定な同じセカイにいるというのに。今まで。 彼の手を捕まえようか。憤る。今。 何か思案してる?。目の前の彼の背中から、声がする。 途切れながら聞こえた彼の言葉は、捉えにくい。 わかりにくい。 単純に、悩んでると聞いてほしい。 彼の先を行こうと、目を凝らしても。 ただ、夜の漆黒と桜の波が自分にぶつかってくる。 この先をゆくのが怖くなる。 頭の先から崩れていく理性の塔。 横倒れ。 塔のてっぺんは、目の前の彼の指先を掠めた。 すぐさま小さな痛みに耐える声がする。 彼は、僕の手を振り払った。勢いよく。 何かに刺されたような所作で。 彼は、立ち止まってその指先を慌てて、舐める。 たかが、指が触れたぐらいで? 先へ僕は、行く。 彼を追い越そう。 手首を引っ張られた。 もうイカナイ。 歩かない。此処から先は。 彼は、否定した。僕は、自由になれない。 イキたいけど、イケない。 彼の後ろの春霞。 彼だけ、迷わない。 自分の行き先を知っている。 旅の終わりを決めるのは、彼。 僕は、彼の下で悦んだり、起こったり、哀しんだりしている。 このさくらのシタでも。 夕飯は? コンビニ。 桜の下に、花見客。 行き交う、大勢の人。 自分達は、コマ送りの映画のシーン。 戻ることのない旅人。 はらはらと、桜がまた散った。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加