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サヨナラ「ワタシ」はじめまして「わたし」
「ふっ、君は間違ってるよ。」
「どうして、如月さんは普通じゃないの?」
そう言われ始めたのはいつだっけ?あ、そうそう、中学生の頃だっけ。きっかけは些細なことだった。道徳の時間に、ある課題が出された。その時の道徳の時間は、いじめをテーマに、学級で討論するという内容だった。それぞれ班に分かれ、いじめについて考え自分の考えを主張するというものだった。私の班に限らず、皆、いじめは何があってもいけないものだと模範解答を並べていた。それに戸惑っていた私に担任の先生は、
「如月、君は、いじめについてどう思う?」
と聞いてきた。私は、純粋に自分の意見を言った。
「いじめは、もちろん、どんな理由であれ、あってはならない行為です。しかし、いじめをするには何かしらの理由があると思います。その理由を知らずに、いわゆる加害者が百パーセント悪いとは言い切れないし、私たちは判断できないと思います」
そう答えると、クラスの雰囲気が一瞬にして変わった。
「いじめに理由なんてあるわけないじゃん」
「これだから、如月は変わってるよな」
と、私を馬鹿にする人もいれば、私を笑いの種にする人もいた。
今思えば、これがすべての始まりだったのかもしれない。これをきっかけに、私の人生は、否定の連続だった。何をしても、
「如月は、変わっているし」
「如月の考えは、そこら辺の馬鹿が考えるものだよ」
幾度となく、否定され続けた。次第に、私は、本来の自分にふたをし、周りが求める答えを必死に探し、それに答えてきた。大学受験が良い例だろう。
「柚葉、国公立しか、お母さんは認めないからね」
その一言に、私は恐怖を覚えながらも、必死に受験勉強をした。正直、国公立の大学に合格しようがどうでもよかった。私には、夢があった。それは、人を笑顔にすることだった。お笑い芸人には、私なんかがなれるわけはないが、職業・お笑い芸人は尊敬する。お笑い芸人に慣れなくとも、私の周りにいる人には、少しでも私の話で笑っていてほしいと思っていた。それが、私の夢であった。もし、私が国公立大学に合格することで、母が笑顔になるならと必死に受験勉強をし、国公立の大学になんとか合格した。それから、私は人の顔色をうかがいながら行動するようになった。だんだん、そんな自分のことが嫌いになっていた。そんな私に待っていたのは、これまでの否定の日々ではなく、称賛の日々だった。今までは、何をしても否定され続けていたのに、今では、
「いやー、さすが、如月さんですね!」
「柚葉の考えは、個性的で、面白いよね!」
などといわれるほどだ。これには、私は戸惑った。何か間違っているのではないか。夢を見ているのではないか。それでも、すごく嬉しく、私を褒めてくれる人に常に感謝していた。だが、こうした言葉の数々を浴びるたびに、私は快感を覚えるようになった。「個性的」と言われると、皆と違うことが誇らしく、自分が偉くなったような気がした。次第に、私の中で、
「世の中すべてが、こんな感じに、人々の考えや発想を個性として受け入れるようになればいいのに」
という思いを抱くようになった。それから私は、何をしても褒められる現状に浸り、次第に、努力をすることも無くなり、感謝することも無くなった。
そして、ある日の学校帰り、一人で家に向かって歩いていると、一人の男性がこちらに向かって歩いてきた。そこそこ、狭い道だったため、私は左側にずれたが、男性もまた私から向かって左側にずれてきた。まあ、そんなこともあるかと、もう一度、今度は右側にずれた。同時に男性も右側にずれ、私は少しばかりの恐怖を抱えながら、その男性とすれ違おうとした瞬間、男性が私の耳元で、
「快楽の世界へようこそ」
と言い、立ち去って行った。その瞬間、私はわけが分からなくなり、その場に立ちすくんでいた。すると、目の前がまぶしくなり、次の瞬間、私は見たこともの無い世界に立っていた。すると、いきなり
「どうも、どうも、初めまして。如月さん。ようこそ、快楽の世界へ!」
と全身スーツを着た男性が立っていた。よく見ると、あの時、すれ違った男性だった。男性は私が状況を理解できずに戸惑っていることをよそに、
「あ、申し遅れました、私この世界の案内人を務めているルジャと申します。ちなみに、私の好きな食べ物は、麻婆豆腐です」
と、訳の分からない自己紹介をしていた。
「あの、一つ聞きたいんですけど」
「はい、何なりと」
「さっき、快楽の世界と言っていましたが、どういうことですか?」
「はい、この快楽の世界には、人に対する、偏見や差別が存在しません。そういう世界です!」
「うん?どういうことですか?」
「如月さん、周りを見てください」
そう言われ、周りを見渡してみると、そこには、足の不自由な人や、耳の不自由な人、男性同士、女性同士で愛し合っている人など、様々な人がいた。
「ここには、いわゆる健常者、障害者、男性、女性などといった枠組みがございません。あくまでも、同じ人間として生活しています。ここで今から、如月さんも生活していただきます」
「えっ!どういうことですか?」
「如月さんは、見事、この世界で生きることを許された人なんです!パチパチ~!」
「いや、パチパチ~!じゃなくて!」
「まあまあ、とりあえず、この世界で生活してみましょうよ!あっ!荷物は、もうこちらの方においてありますので~」
「荷物は置いてありますので~じゃなくて、早く、元の世界に戻してほしいんだけど」
「それには、条件がありまして・・・元の世界に戻るには、如月さんから大切なものを一つもらわなくてはなりません。が、まだ来て間もないので、せめて三日はこの世界で過ごしてみませんか?きっと、如月さんにとって良い経験になると思うんですけど・・・正直な話、如月さんをスカウトした手前、ここで如月さんが元の世界に帰られると、私のクビがなくなってしまうんですよ・・・」
「う~ん、わかったよ。あんたのために、三日はこの世界にいるよ」
「本当ですか!ありがとうございます!では、手続きの方、こちらで進めておきますね。如月さんの部屋が一応、205号室です。では、私は手続きなどがあるので、これで失礼しますね。もし何か困ったことがあれば、このスマホで電話してくればいつでも現れるので!それでは!」
と言って、ルジャはどこかへ消えた。まず、部屋を確認するために、あちこち歩きまわってみる。どうやらこの世界は大きなものでなく、見た感じだと、老人ホームのような雰囲気に似ていた。あちこちさまよっていると、
「うん?見たことない人だ!」
と後ろから声がしたため、振り向くと、そこには、端正な顔立ちで高身長の絵に描いたようなイケメンが立っていた。
「どうも。初めまして」
「やっぱり、見たことない人だ!名前は?」
「如月柚葉です」
「柚葉ちゃんか!僕は、この世界で一番のハンサム、真唯人!よろしくね!何でも困ったこととか、悩みとかあったら言ってね!」
「よろしくお願いします。あっ!あの、205号室ってどこですか?全然わからなくて・・・」
「205号室なら・・・って!僕の隣の部屋じゃん!うわ~運命だね!」
「そうなんですか・・・・」
「そうだよ!この世界一のハンサムと隣の部屋に慣れて君は、幸せ者だよ!」
と、真唯人の調子に乗せられながら、私はようやく、205号室にたどり着いた。
「真唯人さん、ありがとうございます」
「なんも!かわいい子のためなら、当たり前だよ!」
私の部屋は、いたってシンプルだった。と言っても、ベッドや机、クローゼットは完備されていて、どれもとても綺麗だった。そして、なぜか、部屋の隅に置かれた観葉植物は枯れていた。水を与えると、ものすごい勢いで水を吸っていく。それが面白く、どんどん、水を与えていると、
「その植物、どんなに水を与えても、無駄だよ。死んでるから」
とドアの向こう側から、車いすの男性が私に向かって言い、どこかへ去っていった。
「そうなんですか・・・」
少々不思議さを覚えながら、私は水やりを止め、荷物を整理することにした。それにしても、不思議だ。ルジャの一言で、訳の分からない世界に飛ばされて。ここから三日間どうやって過ごそうかと考えながら、ベッドに横たわる。目を閉じると、思い出されるのは、否定の日々。私の考えや発想を受け止め、褒めてくれた人たちは、どんどん私の前から消えていった。そうした寂しさや虚しさから、自然と涙が零れた。
「あれ?泣いているんですか?」
「うわっ!びっくりした!ちょっと、ノックぐらいしてよ!」
「あ~、すみません。私はデリカシーがないで有名でして。仲間の間では、デリカシーの無さでは、ルジャの右に出るものはいないと、言われております!」
と自慢げに話すルジャに対し、
「いやいや、それは自慢でもなんでもないよ。せめて、人の部屋に入るときは、ノックぐらいはしてよ」
「かしこまりました。以後、気を付けます!」
「それで?何か用あるの?」
「そうでした!ただいま、手続きの方が終了しまして、これから、ホールの方で、自己紹介の方をしていただきます」
「自己紹介・・・。わかった」
「では、ホールまで案内いたします」
そう言われ、ルジャの後を歩き、ホールに着くと、そこにはこの世界の住民大体十五人ほどの人がキラキラした目で私を見ていた。するとルジャは、私をステージの中央まで案内すると、
「えー、それでは、今日から、皆さんの仲間となる方を紹介します」
とキリッとした表情で、進行をしていた。
「初めまして。如月柚葉と言います。えーっと、よろしくお願いします」
そういった瞬間、私は温かな拍手に包まれた。
「皆さん、優しい心でいろいろとサポートしてあげてください」
と言い残し、ルジャはまたどこかへ消えてしまった。次の瞬間、真唯人が話しかけてきた。
「ねぇー!柚葉ちゃん、お腹すいているんじゃない?良かったら、一緒にご飯でも食べない?」
そういわれて、自分が空腹だということに気づいた。
「うれしいです。ちょうど、お腹すいてて・・・」
「はは!だろうと思った!」
そして、食堂のようなところに案内された。
「ここの、オムライスはとっても美味しんだよ!」
「そうなんですか。じゃあ、頼んでみようかな」
そうして、私はオムライスを、真唯人は、ラーメンを頼んだ。それぞれ、頼んだものが来るまで、他愛もない話をした。そうしているうちに、私たちのテーブルに、オムライスとラーメンが届いた。
「何か、知りたいこととかない?僕、割とこの世界、長いから、ある程度は知っているよ」
「知りたいことだらけです。今も正直、頭の中が混乱していて・・・」
「まあ、そうだよね。最初はそんなもんだ。でも、これだけは忘れないでほしい」
と真唯人が真剣な眼差しを私に向けた。
「この世界には、条件があるんだよ。それは、ここにいる人のいわゆる特性とか、性格とかを、個性という言葉で一括りにすること」
「なんで、それがだめなんですか?」
「この世界では、個性とかそういう、綺麗ごとが一番嫌われるんだよ。どんな特性があるにしろ、誰を好きになろうと、あくまでも人に変わりないから、個性の一言で片づけられるのを嫌うんだ。この世界の住人は」
「もし、個性という一括りにしたら、どうなるんですか?」
「命はないよ」
「どういうことですか?」
「まあ、詳しく説明すると、この世界には支配人のような、神が住民を見守ってくれているんだけど、もし、仮に柚葉ちゃんが誰かを個性という言葉で一括りにした瞬間、柚葉ちゃんは、神によって殺される」
一瞬、時が止まったように感じた。元の世界にいた時は、「個性的だ」「個性があって良い」と言われることに喜びを感じていた。そして、「個性」という言葉を褒め言葉として使っていた。それが、この世界では通用しない。むしろ、この言葉を使ったら、命はない。
「この世界の人は、それぞれ事情を抱えているんだ。その事情を詮索されるより、“個性”の一言ですべてを良しとされることが、一番苦痛で、耐えられないんだ。だから、柚葉ちゃんも、気を付けた方が良いよ」
「わかりました・・・」
真唯人との食事を終え、ホールの隅にある椅子に腰をかける。ホールには、笑顔で談笑をしてる人もいれば、静かに本を読んでいる人もいる。元の世界でも見覚えのある光景だ。だが、何かが違う。ものすごい違和感がある。この違和感はなんだ。
それから、数日、この世界の人と日常を過ごしていた。すると、三日はゆうに過ぎていた。この世界は、私にとって怖いくらい居心地が良かった。元の世界であった私に対する否定の言葉もない。そして、何より私の考えを皆、尊重してくれる。これぞ、私が願っていた世界だ、そう感じた瞬間、
「パリン!」
と何かが割れる音がした。そこから、平穏だった雰囲気が一変した。
「何があったんだ?」
と皆、音の鳴った方へかけていった。私も気になり、音が聞こえた方へ行くと、そこには、1人の女性が血を流して倒れていた。そばには、二十代くらいで目の不自由な女性が呆然と立っていた。その光景に驚いていると、ルジャが現れた。
「皆さん、残念ですが、新野静香さんは神によって、殺されてしまいました」
衝撃的だった。人が血を流して倒れている姿を見るのも初めてだったが、新野さんがなぜ神に殺されてしまったのかが、ぼんやりとだが分かった気がしたからだ。
それから、皆ホールに集まり、重たい空気が流れていた。その空気を振り払うように、新野さんのそばに立っていた目の不自由な女性が話し始めた。
「私が・・・静香に悩みを打ち明けなければ・・・でも、静香にはもっと私のことを知って欲しかった。それだけなのに・・・」
そう涙ながらに話す女性の隣に座っていた真唯人が優しく、女性の背中をさすった。そして、
「詩乃さん、まず、気持ちを落ち着かせましょう」
そういって、真唯人と詩乃さんはホールを出ていった。私には、よく意味が分からなかった。誰かに、悩みを相談することも、誰かに知ってほしいという気持ちも。
「贅沢だよ。自分のことをもっと知ってほしいなんか」
と声がした方を向くと、あの車いすの男性だった。
「まあまあ、優さん、そこまで言わなくてもいいじゃないですか」
と眼鏡をかけた男性がなだめていた。
「いや、でもさ、よく考えてみろよ。今、差別や偏見がないこの世界で、自由に過ごせているというのに、自分のことをもっと知ってほしいなんて、贅沢だろ」
「どうしたんですか?何をもめているですか?」
と言いながら真唯人がホールに戻ってきた。
「さあ、皆さんもう、この話は終わりにしましょう。いつもの日常に戻りましょう」
真唯人がそういうと、皆暗い表情を浮かべながら、それぞれ部屋に戻っていった。
「柚葉ちゃんも、初めてのことで、びっくりしたよね」
「はい。新野さんと詩乃さんの間に何かあったんですか?」
そう真唯人に聞くと、真唯人は優しい口調で話してくれた。
静香さんと、詩乃さんはすごく仲が良かったんだ。詩乃さんは目が不自由だから、静香さんが詩乃さんの目となっていたんだ。そんな静香さんに、詩乃さんはすごく感謝していた。そして、今日、いつも通り二人でお茶を飲んでいる時、詩乃さんが
「静香、実はね、目がもう全く見えなくなってきているんだ。正直、怖い。今まで少しだったけど、見えていたものが、日々見えなくなってくる。すごく怖いんだ」
そう泣きながら話す詩乃さんに、静香さんが
「そっか、怖いよね。でも、詩乃には私がいるじゃん!私がこれからも、ずっと詩乃の目になるから、何も心配しなくて良いよ」
「静香、私、自分のことを受け入れられないんだよ。今でも、目が見えてたらって思うし。時々親を怨むこともある。そんな自分が受け入れられない。ましてや、静香にも迷惑をかけてしまっているし・・・」
すると静香さんは、何気なく
「迷惑ってなによ!私は一度も、迷惑だなんて思ったことないよ!それに、目が不自由なのも、詩乃の個性だよ。私は、そう思っているよ。」
と言ってしまったんだ。たぶん、これは、思わず出てしまった言葉だと思う。その瞬間、殺されてしまったんだ。詩乃さんは、もっと自分のことを静香さんに知って欲しかったんだ。だから、悩みを打ち明けた。それを静香さんは励ましただけなんだけど、無意識に、この世界の掟を破ってしまったんだ。
私は部屋に戻り、ベッドに寝転んだ。そして、今日の出来事を振り返ってみる。そして同時に思い出されるのは、皆が何気なく話していた会話。どの会話も、最低限のコミュニケーションに必要なものばかりだ。
「これ、美味しいね!」
「このアプリ、めっちゃ面白いから、試してみて!」
などなど。静香と詩乃のような悩み相談のような会話がない。どこかうわべだけのコミュニケーションに溢れている。そこには、やはり掟の存在があるからだろう。うかつにも、個性という言葉やそういった意味の言葉を使うと、静香のように一瞬にして殺されてしまうからだ。だから、違和感があったんだ。元の世界でも、うわべだけの会話やコミュニケーションは存在する。でも、それと同様に些細なことから深刻なものの悩み相談の会話がある。でも、ここにはない。それが私の感じた違和感だった。
新野静香が殺されてから二日後、詩乃が自分の部屋で首をつった状態で見つかった。遺書が残されており、そこには、この世界の人に対する感謝の言葉が書かれていた。それから、静香や詩乃の後を追うように、一人また一人と亡くなっていった。
「皆さん、一度ホールの方に集まってください。」
ルジャの声と共に、皆、ホールに集まった。
「いやいや、お集まりいただいてありがとうございます。少し、皆さんに話があり集まっていただきました。先日、新野静香さんが殺されたことで、たくさんの人が後を追うようにして、亡くなりました。これに、不安や恐怖を抱えていると思います。そこで、元の世界に戻りたい人はいますか?」
ルジャの言葉に、私と真唯人、優以外の人が手を挙げた。
「わかりました。それでは、元の世界に戻るためには自分にとって大切なものをいただかなくてはなりません」
「いやいや!待てよ!」
怒り交じりに声を発したのは、優だった。
「お前ら、元の世界から逃げ出したくて、この世界に来たんだろ?そしてこの世界で、楽しく自由に過ごしていたじゃねぇかよ!それが、人が死んだくらいで、元の世界にやっぱり戻る?ふざけんな!」
優が激しく怒っている姿を初めて見た。
「たしかに、最初は居心地が良かった。今まで経験してきた差別も、偏見もない。そんな世界で過ごせて幸せだったよ。でもさ、気持ち悪いんだよ。みんなと話していても、どこか遠慮しているし。うっかり人のことを個性の一括りにしようもんなら、殺されるし。ここに生きる自由はあっても、心の自由はないんだよ。」
そう口にした男性に対し、優が
「なんだよそれ・・・」
「だいたい、そんなに個性という言葉が悪いのか?元の世界では、個性って褒め言葉じゃん。それがここでは悪だ。」
「そもそも、個性って何?」
皆口々に話していると、真唯人がいつになく真剣な顔で
「個性なんて、誰もわからないんだよ。元の世界では、個性という言葉に溢れている。でも、個性というものを具体的に説明できる人はいない。僕は、人と関わるときに、その人の欠点も、良いところも受け入れるところから始まる。そして、その先に個性が存在すると思う。でも、みんなは個性が先に来る。そうなると、欠点は個性だからと、指摘しなくなる。それは、その人のことを愛していないよね。本当に愛するなら、欠点を時には指摘しないといけない。だから、初めに受け入れることが大切なんだよ」
真唯人の言葉に、私ははっとした。今まで、人付き合いは多い方ではなく、否定され続け、馬鹿にされてきた経験から、友達や人というものを信じなくなった。それでも、中学の同級生美紗紀は、私と仲良くしてくれた。美紗紀は、物事をはっきり言うタイプで、自分の中に芯がある人だった。そんな美紗紀に、学校帰りに
「柚葉、あのさ、ずっと思っていたんだけど、柚葉の周りの反応をうかがいながら、行動するところ直したほうがいいよ」
と言われ、私はついカッとなり、
「美紗紀になんでそんなこと言われないとならないの?美紗紀は私のこと、何も知らないんだね」
思わずそんな言葉を美紗紀にぶつけてしまった。それから、美紗紀とは疎遠になった。でも、真唯人の言葉で、美紗紀の気持ちがわかった気がした。美紗紀は私が憎くてあの言葉を言ったわけではなくて、私のことを友達として愛してくれていたからだったんだ。私はあの時、美紗紀という自分のことを愛してくれる人を失ってしまったんだ。私が後悔している中、まだ皆、口々に話している。
「真唯人の言うことは分かった。でもこの世界の掟は狂ってるだろ」
「そうだね。狂っているのかもしれない。でもさ、目の前の人と真剣に向き合って、愛そうとすれば、個性なんて陳腐な言葉は出てこないでしょ?」
真唯人の言葉に続くようにして
「それに気づくための掟なんじゃねぇの?」
と優が言うと、
「そうですね。掟には優さんの言うような意味と、もう一つは自分を愛してという意味が込められています。皆さん、自分が元の世界で暮らしていたころを思い出してください。そこでは、差別や偏見などに晒され続けていたことでしょう。そして、幸せに暮らすために必要な自分を愛することを忘れていませんでしたか?そして、誰も信じられなくなっていませんでしたか?だから、皆さんには、差別や偏見のないこの世界で、人と付き合う上での大切なことと、自分を愛することに気づいて欲しかったんです。でも、多くの人は、それに気づく前に殺されるか、元の世界に戻り、再び苦痛を味わうんです。この二つを自分の中で大切にしていれば、多少の困難があっても、乗り越えられます」
自分を愛することなんか、今までしたことがなかった。私の中に、自分以外の人やものを愛するという概念はあっても、自分を愛する概念がなかった。もっと言うと、自分のことが嫌いだった。皆の言う、普通ができない自分も、どこか人の目を気にして行動している自分も、何もかも嫌いだった。でも、これからは少しずつ自分を愛そうと思う。
「では、元の世界に戻りたい方は、私に自分の大切なものを渡してください。そうすれば、元の世界に戻れます。」
ルジャの言葉と同時に、元の世界に戻ることを決意した人から、次々とルジャに大切なものを渡し、どんどん消えていく。最終的に残ったのは、私と真唯人、優の三人だけとなった。
「三人とも、元の世界に戻らなくて良いんですか?」
ルジャが私たちの意思を確認するように、聞いた。真唯人も優も戻らないようだ。私はというと迷っている。まだ、わからないことが一つだけある。それを解決するまでは、元の世界に戻れない気がして、結局戻らないという決断をした。
それから、三人で過ごす日々が始まった。初めはお互い、戸惑いながらの生活だった。私は優とは話したことがなかったため、お互い探り探りの日々が続いた。しかし、日常を過ごす中で、真唯人との仲はもちろん、優との仲も深まった。そして、優は車いすのため、真唯人と協力し、優のために、真唯人と一緒にスロープを作ったりもした。そして、真唯人のギャグを笑いながら、楽しんでいると優が
「柚葉、お前は今の方が、ずっと良いよ。ここに来た時よりもずっと」
「ふふ。ありがとう」
と素直な気持ちで、優に感謝した。自分でも、三人と日々を過ごす中で、以前よりも笑う回数が増えたように感じる。
「優、どうしたんだ?急に。柚葉に惚れたのか?」
と茶化すように真唯人が言うと、優は少しばかりの照れを見せながら、
「そんなんじゃなくて、柚葉が来た時、見てられなかったんだよ。上から目線の態度がすごかったから。それに比べて今は、そんなことないし、何よりも笑っている」
と言った。そんな優を見ながら、真唯人と共に、微笑む。
「あっそうだった。私ちょっと部屋でやることあるから」
と二人に言って、部屋に行き、そして机に向かう。実は、二人と過ごすようになり、介護の仕事に魅力を感じ、資格取得のための勉強をしている。
「コンコン」
ドアのノック音がした。
「どうぞ~」
「失礼します」
と言って現れたのは、ルジャだった。
「如月さん!勉強ですか!いや~関心です」
「ちょっとね。二人には内緒にしておいてよ。資格を取った時に、サプライズで言いたいから!」
「わかりました」
「で?何か用があるんでしょ?」
「あ!忘れていました。如月さん、もう元の世界に戻りましょう」
ルジャの言葉が理解できなかった。
「え?でも、元の世界に戻るには、自分の大切なものを渡さないと戻れないんだよね?私、何も渡してないよ」
「いえ、もう、如月さんから大切なものをもらいました」
「どういうこと?」
困惑している私の目をルジャはまっすぐ見つめ、説明し始めた。
「如月さんは、私に以前の“如月柚葉”を渡しました。そして、今は生まれ変わった“如月柚葉”になりました」
「何々?以前の“如月柚葉”?生まれ変わった?理解できないんだけど」
「ここからは、如月さんをこの世界に連れてきた理由と重なるのですが、如月さんも、皆さんと同様に自分を愛することを知らなかった。でもそれが周りから個性的などと褒められたことで、快感を覚え、努力をすることや周りへの感謝を失っていました。でも、今は違います。あの二人のおかげで、如月さんは資格取得のために努力をされ、感謝の気持ちを持ち続けています。二人と過ごす中で、如月さんは生まれ変わり、私に以前の“如月柚葉”を渡したんです。だから、この世界にいる理由も、私が如月さんを留めておく必要がなくなったんです」
振り返ると、個性的などと褒められるようになってから、勉強もしなくなった。今までは、私には努力することしか取り柄がないと思っていたから、何事にも努力を積み重ねていた。そして、初めて褒められた時は、それはそれは嬉しくて、こんな私に褒め言葉をかけてくれる人に常に感謝の気持ちを持ち続けていた。だが次第に、褒められることが自分の中で当たり前になり、感謝することを忘れていた。だけど、真唯人や優と過ごし、今では資格取得の勉強をしている。そして、些細なことにも感謝し、幸せを感じている。すると、ルジャは私に
「これは、私の勝手なメッセージですが、如月さんの発想や考えは、如月さん自身で積み重ねてきた努力の結果です。いつも色んな方向から物事を見て、それに対する自分の意見を持っています。これは、誰にでもできるものではありません。すべては、努力によるものです。そして、如月さんは些細なことにも感謝の気持ちを持ち続けることができる人です。それを忘れないでくださいね」
「ちょっと待って。元の世界に戻る理由ができたことは分かった。でも、私は戻りたくない戻るなら、真唯人と優、皆で戻るよ。そうしたら、元の世界でも、また会えるよね?」
「如月さん、それはできないんです。あの二人は、この世界の従業員のような人なんです。彼らは、この世界に来た人に、自分を愛することや、個性についてなどを伝える役割があるんです。この業務を担う代わりに、泣くという感情を神に捧げているんです。だから、彼らは泣くことができないんです。もし仮に涙を流すと、掟違反になり、消されてしまうんです。だから、彼らと共に元の世界に戻ることはできません」
「もう、諦めるしかないみたいだね・・・じゃあ、せめて、最後に真唯人と優に挨拶だけさせて」
「わかりました」
そして、私は、ホールに行き、二人に元の世界に戻ることを伝えた。
「真唯人、優、二人とも今までありがとう。すごく楽しかった。じゃあね・・・・」
たくさん伝えたいことはあったけど、二人の顔を見ると、涙が流れてくるから、なるべく笑顔で別れの挨拶をした。それから、私は荷物をまとめた。
「ルジャも、今までありがとう。元気でね」
「如月さんも、お元気で」
そして次の瞬間、私は元の世界に戻り、気づくと自分の部屋にいた。
「柚葉―!ご飯だよー降りてきなさいー」
と母の声がし、リビングに向かう。そこには、以前と変わらない光景があった。家族は、私がこれまでどこにいたとか聞かず、何気ない会話をしている。
次の日、大学に行くと、いつもと変わらなかった。夢でも見ていたのだろうか。
真唯人と優は、柚葉のいない部屋を見渡していた。
「正直、寂しいよな」
真唯人がそういった瞬間、優が、
「あ!この観葉植物、生きてたんだ!」
「うん?あ!本当だ!死んでると思ったのに」
と話している二人の背後から、ルジャが
「この植物、実は不思議な力があって、感謝の気持ちを持ち続けられる心が綺麗な人がいると、美しい花を咲かせるんです。如月さんは、毎日欠かさず水やりをしていました。この植物は生きていると信じながら」
ルジャの話を聞きながら、二人は涙を流した。
あれから一年後、私は見事介護士の資格を取得した。そして今は、体が不自由な人の介護や、お年寄りの介護もしている。この世界は相変わらず、差別や偏見、価値観の押し付け合いで溢れている。そして、何でも個性と言う風潮も相変わらずだ。それでも、こうして毎日笑顔で過ごせているのは、あの世界にいたからだ。今でも時々、あれは夢だったんじゃないかと思う時がある。そして、あの世界で過ごした日々を懐かしむ。
真唯人と優へ
元気?実は私、真唯人と優のおかげで、介護の仕事をしているんだ。本当は、サプライズをしたかったんだけど、元の世界に戻ることになったから、二人の喜ぶ顔が見れなかったことが、心残りです。真唯人と優と過ごした日々は私にとって宝物です。私は少しずつだけど、自分を愛し始めています。でも、なかなか恥ずかしいね(笑)二人にはものすごく感謝しています。おかげで、新しい私に出会えた。こうして今、幸せな生活を送れているのは、真唯人と優が私に、色んなことを教えてくれたからだよ。本当にありがとう。私は、いつも真唯人と優が元気で幸せでいてくれることを心から願っています。快楽の世界で、たくさんの人を救ってあげてね。
これは、私が不思議な世界で新しい自分に出会う物語だ。
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