君が幸せならば

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「おめでとう!」 建物から出てきた君を、色とりどりの花が雨あられと降り注ぎ、たくさんの拍手が鳴り響いて歓待する。 晴天の空も君の門出を祝っているようだ。 僕も周りに合わせて拍手しながら、純白のドレスを纏った君を見つめる。 ひらひらと手を振って歩く君は、今どんな気持ちなのだろう。 僕はそっと彼女から視線を外した。 今でも覚えている。 それは高校二年の、二月の一大イベント、バレンタインデーのまさにその日だった。 「これさ」 君は紙袋を僕に差し出してきた。 「……僕に?」 意外だった。 クラスでも一・二を争う冴えない僕に、君は贈り物を持ってきたというのだ。 「ありがとう」 それしか出てこなかった。 「……ん。で?」 「え?」 「返事」 彼女はそわそわと落ち着かない様子だ。 人気のない教室なのに。 「返事って? お返しの事?」 「違う! バカじゃないの? そのチョコレートの返事は? って言ってるの」 何のためにチョコレートなんてあげたと思ってるのよ、と頬を膨らませて拗ねてしまった君。 それを意識した途端、僕の顔を熱い何かが一気に駆け上がった。 誰かにこんなにストレートな告白をされるなんて、人生初の体験だったのだから。 「あ、その……」 言葉に詰まる。言わなければと焦るほどに心臓がバクバクと鳴り、僕ののどが動くのを邪魔する。 「……いいよ」 何とかそれだけを絞り出した。 頭が沸騰しそうなほどぐらぐらしている。 「わかった。ありがと」 彼女は素っ気なくそう言った。 それが彼女なりの取り繕いだったことに気が付いたのは、その時の彼女が耳まで真っ赤に染まっているのを見た時だった。 それから高校を卒業して大学に進学し、僕らは自由な時間をできる限り使って会うようにした。 近場でお茶を飲む日もあれば、電車を乗り継いで海まで遊びに行ったりした日もある。 気が向けばお互いの家に行き来して夜明けまで飲んだことも、日常と言ってしまえるぐらいの頻度だった。 楽しかった。 僕の人生がこれほどまでにキラキラとしていたことはおそらくない。 それが壊れたのは、社会人になって二年目の秋だった。 いつも通りに僕の家を訪ねてきた彼女は、玄関をくぐるなりその場に崩れ落ちたのだ。 「どうしたの」 何があったのか、と問う僕に、彼女はしゃくりあげながら切れ切れに答えた。 「結婚、することになったの。もう式の日も決まったって」 僕は愕然とした。 「何で……急に」 「知らない……! わかんないよ……。なんでこんな……」 彼女も相当混乱しているようだった。 僕は泣き止まない彼女に一晩中寄り添っていた。 僕は顔をあげた。 ちょうど彼女が目の前を通り過ぎていく。 「おめでとう」 ちゃんと笑顔で言えていただろうか。 彼女は一瞬僕の方を見て、笑顔でVサインを送ってきた。 大丈夫。彼女はちゃんと幸せになれる。 それは僕の隣ではなかったけれど。 彼女が通り過ぎてから、僕は腕時計を見た。 そろそろ式も終わる。 去り行く白い後姿を見送りながら、僕は自分に言い聞かせるように「おめでとう」を呟いた。
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