牙を剥いた狸

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 製本した資料を持った結衣は常に上がっている口角をさらに上げて、デスクに座る朝美の横へ立った。パソコンに向かう朝美に資料10部を差し出す。朝美はマウスを動かしていた手を止め、ネットショッピングの画面から結衣のほうへ視線を移して資料を手に取った。 「どうも。相変わらずヘラヘラした顔ね」  席を立った朝美は資料を持って後方に席を構える部長の元へと行った。結衣が黙ってその後ろ姿を見つめていると、どことなく視線を感じた。周りにいる同僚たちを見回すけど、みんな一様にパソコンの画面を見つめている。結衣は小さくため息をついた。  部長と話す朝美の少し高めの甘い声が聞こえてくる。2人のほうへ視線を向ける。部長の緩みきった顔が2人の関係を物語っていた。  結衣の前任の女性も朝美に仕事を頼まれ続けたらしい。耐えがたくなって断ると、根も葉もない屈辱的な噂を立てられて退職した、と結衣が4月に異動してきてすぐに同僚が教えてくれた。 噂を立てられる不安が先に立って断れず、結局、結衣は仕事を振られ続けている。3ヶ月が過ぎた今では、朝美は雑用だけではなく自分のメインの業務も回してくるようになっていた。それでも周りは触らぬ神に祟りなし状態だ。  この状況からどうやって逃れよう。辞めるのはイヤだ。3ヶ月前に異動したばかりの身では異動願いも通りそうにない。  結衣は仕事に戻る気になれず、トイレへ向かった。
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