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ハンカチで手を拭きながら、コーヒーを飲もうと給湯室へと向かう。近づくと、朝美の甘い声が聞こえてきた。
「結衣、バカ真面目で助かるわ」
そばにいる同僚に話しているらしい。笑い声も聞こえる。一瞬だけ結衣は唇をかみしめた。その後、ためらいがちに給湯室の入り口に顔を出す。同僚はバツが悪そうに出ていき、朝美は鼻を鳴らす。
「そのいかにも周りに気を配ってますって態度が気に入らない。真面目アピールの黒縁眼鏡も」
先ほどとは打って変わってドスが効いている。朝美は紙コップをゴミ箱へと放り込んで出ていった。結衣は一切の感情がない顔でアイスコーヒーを注いで一口飲み、そのままカップを見つめる。足元に影が差したことに気づいて、焦点の合わない目で顔を上げた。課長が紙コップへアイスコーヒーを注いでいた。
「横流しするのが仕事だと朝美くんは思ってるのかな。人に頼んだら管理監督責任があるって言ってるのに。色ボケした奴らの扱いには困るよ」
課長は結衣に目もくれず独り言を呟いて、コップを持ったまま給湯室から出ていった。
その日から結衣は自分と朝美の仕事をこなすために毎日21時まで仕事をした。終業時刻になっても帰らない結衣に声をかける同僚は誰1人いなかった。そのことを陰で朝美が笑っていることにも気づいていたが、今の結衣には関係なかった。
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