牙を剥いた狸

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 翌日、出社した結衣は同僚とすれ違うたびに後退りされていることに気づいた。  自席にバッグを置いて部長の席を見る。その机は文具1つ置いていなかった。始業ベルと同時に課長に呼ばれた。仕切られた応接セットへと2人で入り、ソファに向かい合って座る。課長が腕を組んだ。 「結衣くん、昨日のプレゼン資料を作ったのは君だね。説明用のメモに1年前のデータや空想話を書いておいたのか」  結衣がうなずいたのを見て、課長は一息吐いた。 「あれに関しては君へのおとがめはない。朝美くんが内容を理解してないこと自体が問題だからね。ただし、今後はうまく断るように」  席を立った課長が結衣の肩に手を置いてきた。結衣は課長を見る。 「仕事を頼む側には管理監督責任があるんですもんね」  片方だけ口角を上げた課長に、結衣はにこやかに微笑みかけた。  結衣がトイレに行くと、洗面台の前に立っていた朝美が血走る目で睨みつけてきた。結衣はわざと不思議そうな表情を作って首をかしげた。 「私は頼まれたことをやりましたよ。でも、疲れててミスしてしまって、その資料が使われる日にたまたま体調を崩して仕事を休んだ。それだけですよ」  朝美が何か言いたげだったが、無視して個室へ入る。こみ上げる笑いが止められなくて急いで扉を閉めた。 (了)
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