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すっかり驚いた私は、ためしに、かたわらに落ちていたセミの死骸を池に放り入れてみた。
するとやはり姿を消したセミは、十数分後、池から飛び出して、木にとまって力強く鳴き始めた。
これはすごい。
私はすっかり興奮していた。
おじいちゃんの言っていた「いけす」という言葉を思い出した。
あれは、生け簀ではなくて、「生かす」のなまりだったのではないだろうか。
この池には、死体を生き返らせる力があるんだ。
お母さんに教えてあげようと思い、私は
「お母さん!」
と大きな声で家の中へ呼びかけた。
まだ昼間なので、お母さんは家の中で掃除をしているはずだけど、なかなか出てこなかった。
でももしかしたらお母さんは、
――あらすごい。じゃあためしに、あなた死んでみなさい。
と、周囲を怪しませない自殺方法で死ぬように私に命令するんじゃないかと思ったら、それ以上呼ぶ気がなくなった。
空の真上にある太陽に照らされながら、私は池の水面を覗き込んだ。
見慣れた自分の顔が映っている。
ためしに顔を水につけてみた。
ヒヤリとするけど、水自体が汚いので、あまり気持ちよくはない。
こうしていると、汚れているだけの、何の変哲もない水だ。死体ではない私には、特になんの作用も生じないらしい。
私は顔を上げて、くさい水を拭いた。
いつの間にか、太陽が沈もうとしていた。
こんなにすごい大発見をしたというのに、そのことを一緒に大騒ぎできる人が、私にはいない。
夏だというのに、服にしみた水が冷たかった。
■
次の日は昼頃まで大雨が続いて、やっとそれがやんでから、私は外へ出た。
いろいろな死体を池に入れてみたかったけれど、郊外とはいってもそうそう都合よく生き物の死体なんて見つからなかった。
だから、夕暮れが近づいてきたころに、巣穴が水没したのだろうモグラが地面にはいつくばっているのを見つけたときは歓喜した。
まだ死んではいなかったので、私はさっそくモグラの頭を踏み潰して息の根を止めると、家へ持って帰った。
池に死骸を放り込む。
けれど一時間たっても、モグラは出てこない。
一時間半。まだだ。
二時間。空はかなり暗くなっていた。
ようやく、モグラはのそのそと池のふちに這い上がってきた。よかった、成功だ。
私は、ずぶ濡れのモグラが愛しく思えて、両手で持って抱え上げた。
すると、モグラが身をよじった拍子に、ぽきんと音がした。
思わず悲鳴を上げるところだった。
私の右手の指が三本ほど折れていた。
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