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すっかり日の落ちた中、私は暗がりに沈む家のドアを開けた。
お母さんは、正直、苦手だ。
でも何も教えないわけにはいかない。でないと、うっかりあのモグラやネズミと出会ってしまったら、お母さんが危ない。
玄関から廊下へ上がり、進んでいくと、お母さんは台所にいるようだった。
私が台所の入口から中をのぞき込むと、椅子に座ってお酒を飲んでいたらしいお母さんは、コップを置いて私の方を見た。
「……ただいまお母さん。あのね、落ち着いて聞いて。この家の近くに、変なモグラやネズミがいるの」
お母さんが腰を浮かせた。
「……なに、あんた。どういうこと?」
「とにかく、すごく力が強いの。お母さんがあんなのとぶつかったら、怪我じゃ済まないから、気をつけて――」
「いったいなんなのよ……その血」
私は自分の体を見下ろした。
さっきの犬の血で、服が真っ赤に染っている。
「これは、ちょっと事情があって……。それよりお母さん、話を聞いてってば」
「聞かないわよ! なんであんたがここにいるのよ! 昨日、あの汚い池に顔つけてる時に後ろから押さえつけて沈めてやったのに、いきなり死体が消えてなくなって! それで今、唐突に出てきたと思ったら、なにその顔! あんた本当にあの子なの!?」
私は、右手の戸棚にはまったガラスに映る、自分の姿を見た。
つり上がった目。犬歯をむき出しにした口。
さっきのモグラとそっくりだった。
お母さんが、立ち上がり、よろめいてたたらを踏んだ。
「お母さん、大丈夫――」
「くるな! 化け物!」
そう言われても、私はとっさに手を伸ばし、お母さんを手繰りよせてしまった。
お母さんは私の腕の中で、発泡スチロールを捻ったような声と音を立てて、引きちぎれて台所の床に散らばった。
なるほど、さっきの犬も、モグラにやられたのではなくて、私が犬小屋から引っ張り出した時に死んだんだな、と思うと悲しくなった。
バラバラになったお母さんを見下ろす。
これをかき集めて池に投げれば、お母さんは復活するだろうか?
でもそうなった場合、普通の人間ではないお母さんとして復活することになる。それでいいのだろうか。
悩むあまり、私は思わず両手で頭を抱えた。
ぱん、と何かがはじける音がして、私の視界が一瞬だけ真っ赤に染まる。
そしてその後は、真っ暗に変わって、何も見えず、聞こえなくなった。
いけすに入ったのに生かされなかったな、と思った。
終
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