1話

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午前の仕事が終わってお昼ご飯を食べた後、お化粧直しも兼ねてすぐにお手洗いへ向かう事にした。タイミングによっては混んでる時もあるから早いに越したことはない。 中に入ると鏡の前に同じ部署の人が居る事に気付いて軽く会釈をしておく。向こうも気付いたらしくて、すぐに笑顔を返してくれた。特別仲が良いわけじゃないけど、人間関係は悪くない職場だから変に緊張することもない。 用を足した後個室から出ようと鍵に手をかけると、急に話し声が聞こえてきて思わず手を離した。別に何も悪い事はしてないのに、今出るのを躊躇ったせいで途端に出にくくなってしまった。 「あれ、偶然。お疲れ様。久しぶりじゃない?」 「本当久しぶりー。お疲れ様。どうしたの? フロア違うのに」 「下の階混んでたからこっちはどうかなーって覗きに来たのよ」 「ああー……タイミング悪いと本当混むよね」 話し声の片方がさっき見た同じ部署の社員だと気付いて、出るべきかどうか更に迷ってしまう。 今出たら2人の会話を隣で聞くことになって何となく居辛いし、かといってここに居ても会話を盗み聞きしてるみたいだし、長いって思われても嫌だし……悩むけど、どの道聞くことになるんなら堂々と隣に居る方がいいかな。 そう結論付けてもう1度鍵に手を伸ばした時、私の手を再び止める会話が耳に入ってきた。 「そう言えばさ、聞いた?受付の子の話」 「知らない。何かあったの?」 「課長に告白してフラれたらしいよ。どうもあの話を知らなかったみたいね」 「あらー……」 「本当勿体ないよねえ。課長結構モテるのに、亡くなった婚約者の事忘れられないからって、恋人も作らず独身貫き通してるんだから。もう5年以上経ってるのにね……」 え……婚約者……?亡くなった……? 「あの腕時計も毎日付けてるみたいだしね」 「ああ。その婚約者とお揃いっていうあれね。まあ、そこまで思ってもらえるって凄いことだとは思うけどさ」 「好きになっちゃった側からしたらね……亡くなった婚約者なんて敵いそうにないもん」 「現に何人もフラれてるからなあ。課長がいい男だから余計に厄介よねえ……」 段々声が小さくなっていって2人が出て行った事は分かったけど、私は未だに出られずにいた。 ――今のって古森課長の事、だよね……話を始めたの同じ部署の人だったし、確か課長35歳だって言ってたから、5年ぐらい前に婚約者がいても全然不思議じゃない…… さっきの話が頭の中にずっと残っていて、自分だけ時が止まったように動けずにいると、別の話し声が聞こえてきてハッと我に返る。 ……早く化粧直して戻らなきゃ。 震える手を鍵に伸ばして、漸く個室から出る。化粧を直そうと思うのに手が中々動かなくて、結局殆ど何もせずに自分のデスクに戻ることにした。
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