2話

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「あれ、珍しいね。三井さん今日は残業?」 終業時間を過ぎているのに帰る準備すら始めない私に気付いて、隣の席から声がかかった。最近は残業しないようにしていたから、よっぽど珍しいと感じたのかもしれない。 「まだこれが終わってなくて」 「手伝おうか?」 「いえ、後少しなので大丈夫です」 「そう?じゃあ、お疲れ様」 「お疲れ様です」 帰っていく後ろ姿を見てホッと溜め息を吐いた。 普通はあんな感じだよね。でも課長の場合は、断ったとしても絶対に手伝おうとしてくれる。上司としての責任感なのか、根が優しいからなのか…… 今日は夕方から会議で課長はまだ戻ってきていない。多分長引くって言っていたし、戻って来るまでに終わらせて帰らなきゃ。 そう思っていたのに…… 「あっ……!」 こんな時に限って、間違えて保存せずに画面を消すというまさかのミスに一瞬頭を抱える。今やった部分が全て消えてしまったから、またやり直さなくちゃいけない。 「何やってるんだろ、私……」 こんなんじゃ、仕事でだって課長の助けになんてなれない。 私以外いないフロアで自分の不甲斐なさに落ち込んでいると、突然背後から声をかけられた。 「あれ?まだ残ってるのか?」 「課長……お帰りなさい」 「ただいま。残業しないといけないような仕事今抱えてたか……?」 私が残っていたのが予想外だったのか、困惑した表情で考え込んでいる。 「少し終わりきってない事があったので……すみません」 「謝る必要ないだろ。逆に気付いてやれなくてごめん。俺も手伝うよ」 「いえ、そんなわけには……」 自分のミスなのに、課長に手伝ってもらうわけにはいかない。それに、今のこんな気持ちで課長と2人は辛すぎる。 「まだ終わってないんだろ?2人でやった方が早い」 「でも……」 「俺の方にデータ送って」 当たり前みたいに自分のデスクのパソコンを立ち上げようとする。自分は長い会議を終えたばかりだというのに。 部下思いで優しくて責任感があって……そんな課長が大好きなのに、その優しさは今の私には毒でしかない。今までは甘い蜜だったはずなのに、今はただただ苦い毒。 課長と2人きりでこんなに辛いと思ったのは、初めてかもしれない。 「本当に……本当に大丈夫ですから!」 「三井さん……?」 「あ……」 思いがけない大声に自分でも驚いたけど、一番驚いているのはきっと目の前の人だ。 驚きと困惑。その2つに少しだけ悲し気な表情が混ざっているのを見て後悔したけど、もう出てしまった言葉は戻せない。 厚意を無下にするって、まさしく今みたいな状態なんだと思う。手伝おうとしてくれてるのに身勝手な感情で拒絶して……完全な八つ当たり。 「……すみません。でも、課長も長い会議で疲れてるでしょうし、本当にもう終わるので先に帰ってゆっくり休んでください」 「……本当にもう終わるのか?」 「はい。……だから、心配しなくて大丈夫です」 「……そうか。分かった。君がそう言うなら先に帰らせてもらうよ。……お疲れ様。遅くならない内に気を付けて帰れよ」 「お疲れ様です……」 課長が帰って再び戻った静寂の中、パソコンの前に座ってはいるものの、ただ画面を見続けるだけで時間が過ぎていく。 「最低だ私……」 泣く資格さえ無いと思うのに、それでも涙は次々に溢れてくる。 流しっぱなしの涙で霞む視線の先に、さっき立ち上げようとしてくれたパソコンが見えて、更に涙が止まらない。 あんな風に言ってしまった自分が許せなくて、もう私には課長の事を好きだと思う権利さえ残っていないような気がした。
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