3話

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「今年も1年お疲れ様でしたー!かんぱーい!!」 「かんぱーい!」 社会人にとって12月の大きなイベントは、実はクリスマスよりも忘年会なんじゃないか……そう思うぐらい皆すごく盛り上がっている。まだクリスマス前で本当に忙しいのはここからだから、英気を養ってるのかもしれないけど。 課長から離れた隅の方でお酒をチビチビ飲みながら、賑やかな宴会をボーっと見渡す。 皆楽しそうだなあ。課長も皆を見ながら楽しそうに笑ってる。そしてその左腕には、今日もしっかりあの腕時計…… 「三井さん三井さん」 「あ、お疲れ様です」 「お疲れ様。飲んでる~?」 「はい、いただいてます」 既にお酒でテンションが上がっているのか、幹事の男性社員にいつもよりかなり陽気に声をかけられた。 「三井さんは彼氏とかいるの?」 「彼氏ですか?今は残念ながら」 「え、そうなの?勿体ない」 「じゃあ俺が立候補しまーす!」 「あはは。私には勿体ないお言葉です」 「優しく断られたー!」 お酒の場でありがちなやり取りに笑っていると、急に視線を感じて周りを見回す。その視線の先にいたのは、複雑そうな表情でこちらを見ている課長だった。でもすぐにその表情を消して笑顔を見せる課長に、私も何とか笑顔を返す。 ……さっき一瞬見えたの、何だったんだろう。あんな表情見た事ない。 気になりつつも、課長の元へ行く事も出来ない間に一次会がお開きになった。 「三井さんは二次会行かないの?」 声をかけられどうしようか迷っていると、その向こう側で別の社員に二次会に誘われている課長が見えた。 「……私は止めておきます。ちょっと飲み過ぎちゃったみたいなので」 「そっか。じゃあお疲れ様。気を付けて帰って」 「お疲れ様です」 帰り支度をしてお店を出ると、既に二次会に行くメンバーは動き出しているようで数人が残っているだけだった。その人達に挨拶をして1人で駅へ向かい始めると、二次会に行ったはずの課長の声が後ろから聞こえてくる。 「三井さん……!良かった、追いついた」 「課長?二次会行ったんじゃ……」 「いや、今日は断ったんだ。皆で楽しんでおいでって」 「そう、なんですか……」 あれ以来こんな風に2人で話す事を避けていたから、変に緊張して言葉に詰まってしまう。 「俺も帰るから、駅まで一緒に行こうか」 「……はい」 断る理由が見つからなくて、駅に向かって一緒に歩きだす。 こうやって課長と2人で歩くの久しぶり過ぎて、何を話したらいいのかも分からない。今まで残業の帰り道って、一体何を話してたんだろう。 「あのさ……1つ、聞いてもいいか」 「はい。何でしょう?」 「……最近何かあったのか?時々暗い表情してるけど」 予想外の質問に思わず足が止まった。 「どうした?」 「あ、いえ……私、そんなに暗い表情してましたか……?」 「いや、いつもってわけでは無いけど、ちょっと気になったというか……何か悩み事でもあるのかと思って」 相談に乗るよとでも言われそうな表情で見つめられても、私には何も言えない。だって言えるわけがない。あなたに失恋したせいですなんて。 「……プライベートで、ちょっと……」 「プライベート……失恋、とか……?」 本人に確信を突かれて何も言えずにいると、課長が慌てた様に謝り始めた。 「悪い、立ち入った事聞いて。上司にそういうの話しにくいよな」 「いえ……こちらこそすみません」 勝手に傷ついてるだけなのに、こんな風に気を使わせて……それなのに、気にかけてもらえた事を少なからず喜んでいる自分がいる。 「じゃあ……気を付けて。お疲れ様」 「お疲れ様です……」 あれから駅に着くまでの間、お互いずっと無言で気まずい雰囲気だったから、課長と別れた瞬間体の力が抜けたのが分かった。 もう、いっそのこと告白してフラれてしまおうか……その方がスッキリするかもしれない。でもそうなったら、やっぱり仕事はし辛くなっちゃうかな…… 会社を辞めるまではしたくないけど、転属願いは本気で考えた方がいいのかもしれない。
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