816人が本棚に入れています
本棚に追加
「今年も1年お疲れ様でしたー!かんぱーい!!」
「かんぱーい!」
社会人にとって12月の大きなイベントは、実はクリスマスよりも忘年会なんじゃないか……そう思うぐらい皆すごく盛り上がっている。まだクリスマス前で本当に忙しいのはここからだから、英気を養ってるのかもしれないけど。
課長から離れた隅の方でお酒をチビチビ飲みながら、賑やかな宴会をボーっと見渡す。
皆楽しそうだなあ。課長も皆を見ながら楽しそうに笑ってる。そしてその左腕には、今日もしっかりあの腕時計……
「三井さん三井さん」
「あ、お疲れ様です」
「お疲れ様。飲んでる~?」
「はい、いただいてます」
既にお酒でテンションが上がっているのか、幹事の男性社員にいつもよりかなり陽気に声をかけられた。
「三井さんは彼氏とかいるの?」
「彼氏ですか?今は残念ながら」
「え、そうなの?勿体ない」
「じゃあ俺が立候補しまーす!」
「あはは。私には勿体ないお言葉です」
「優しく断られたー!」
お酒の場でありがちなやり取りに笑っていると、急に視線を感じて周りを見回す。その視線の先にいたのは、複雑そうな表情でこちらを見ている課長だった。でもすぐにその表情を消して笑顔を見せる課長に、私も何とか笑顔を返す。
……さっき一瞬見えたの、何だったんだろう。あんな表情見た事ない。
気になりつつも、課長の元へ行く事も出来ない間に一次会がお開きになった。
「三井さんは二次会行かないの?」
声をかけられどうしようか迷っていると、その向こう側で別の社員に二次会に誘われている課長が見えた。
「……私は止めておきます。ちょっと飲み過ぎちゃったみたいなので」
「そっか。じゃあお疲れ様。気を付けて帰って」
「お疲れ様です」
帰り支度をしてお店を出ると、既に二次会に行くメンバーは動き出しているようで数人が残っているだけだった。その人達に挨拶をして1人で駅へ向かい始めると、二次会に行ったはずの課長の声が後ろから聞こえてくる。
「三井さん……!良かった、追いついた」
「課長?二次会行ったんじゃ……」
「いや、今日は断ったんだ。皆で楽しんでおいでって」
「そう、なんですか……」
あれ以来こんな風に2人で話す事を避けていたから、変に緊張して言葉に詰まってしまう。
「俺も帰るから、駅まで一緒に行こうか」
「……はい」
断る理由が見つからなくて、駅に向かって一緒に歩きだす。
こうやって課長と2人で歩くの久しぶり過ぎて、何を話したらいいのかも分からない。今まで残業の帰り道って、一体何を話してたんだろう。
「あのさ……1つ、聞いてもいいか」
「はい。何でしょう?」
「……最近何かあったのか?時々暗い表情してるけど」
予想外の質問に思わず足が止まった。
「どうした?」
「あ、いえ……私、そんなに暗い表情してましたか……?」
「いや、いつもってわけでは無いけど、ちょっと気になったというか……何か悩み事でもあるのかと思って」
相談に乗るよとでも言われそうな表情で見つめられても、私には何も言えない。だって言えるわけがない。あなたに失恋したせいですなんて。
「……プライベートで、ちょっと……」
「プライベート……失恋、とか……?」
本人に確信を突かれて何も言えずにいると、課長が慌てた様に謝り始めた。
「悪い、立ち入った事聞いて。上司にそういうの話しにくいよな」
「いえ……こちらこそすみません」
勝手に傷ついてるだけなのに、こんな風に気を使わせて……それなのに、気にかけてもらえた事を少なからず喜んでいる自分がいる。
「じゃあ……気を付けて。お疲れ様」
「お疲れ様です……」
あれから駅に着くまでの間、お互いずっと無言で気まずい雰囲気だったから、課長と別れた瞬間体の力が抜けたのが分かった。
もう、いっそのこと告白してフラれてしまおうか……その方がスッキリするかもしれない。でもそうなったら、やっぱり仕事はし辛くなっちゃうかな……
会社を辞めるまではしたくないけど、転属願いは本気で考えた方がいいのかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!