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20 やさしくできない
酷く掠れた声の返事になった。けれども、仁は詩織の決意を逃さなかった。角度を変えて、唇が重なる。すると、時々仁の高い鼻先が詩織の鼻先に擦れた。それが、まるで「離れ難い」と求められているようにも感じた。
仁の舌は長く、厚い。瞬時に詩織の口内のすみずみを味わうようにねぶっていく。舌が絡まり合うたびに、吐息が漏れる。
「んっ……」
名前を呼びたいと思っても、言葉を発する前に食べられてしまう。比喩ではなく、本当に噛まれるのだ。唇や舌を甘く噛まれる。仁が与えてくれる甘く痺れるような痛みは、陽だまりのコーヒーを彷彿とさせる。そして、触れ合う度に香るハーブの香りは、まるで媚薬のように詩織の腹の奥底を熱くさせた。甘く、苦いミルクコーヒーとハーブの媚薬に背中を押されるように、仁に腕を回すと、さらに力強く抱きしめられた。抱き合うことで仁の熱を近くに感じる。互いの体温が溶け合い、心の距離も近くなったような気がした。
「あー、もう。可愛くてどうにかなりそう」
本当に食べられてしまうと思うくらいのキスが途切れた。噛み締めるように仁がそう口にした。詩織は応える余裕がなく、荒い息を整えるのに精一杯だった。
「まだだよ」
そんなこと、分かってる。そんな気持ちを込めて、仁を見上げる。すると、ゆるりと口角を上げた仁が、詩織の唾液で濡れる唇を舐めた。陽だまりでは見せない色気に、詩織はくらくらしてしまう。
「新しいマスターを知る度に……ドキドキして……苦しい」
素直にそう口にする。すると、少しかさついた指の腹で唇をつつかれる。
「何度も言ってるけど、僕も一緒だからね」
それと、マスターじゃないでしょう? と、もう一度唇をつつかれた。詩織はくすりと笑って、仁の名を呼び直した。
「ん、いい子」
くしゃりと頭を撫でられる。髪を乱される度に香るハーブの香りを胸いっぱいに吸い込む。くすくすと笑い声がリビングに響いていた。
「さて」
そんな風に笑いながら油断していると、部屋着のファスナーが勢いよく下ろされた。ぎゃっ、と色気のない悲鳴が出る。しかし、仁が気にする様子はなかった。鼻歌が聞こえてきそうなほど、ご機嫌な様子だ。
ジップパーカーの部屋着の下には、薄手のキャミソール一枚だけ。一日働いて、汗を染み込んだであろうブラジャーはつけていなかった。
「……立ってるね」
薄手のキャミソールを押し上げて主張する、小さな突起。視線がそこに来れば何について言っているかすぐにわかってしまう。
見ないでと言わんばかりに腕で隠そうとしたが、仁に阻まれる。
「えっちだね」
「……っ!」
面と向かって言われた。これから先のことを期待していると知られてしまった。恥ずかしさから、詩織の目尻にじわりと涙が浮かぶ。
「これ以上、泣いちゃダメ」
「っ、ふ、だってぇ……」
「大丈夫、大丈夫。えっちなのはいい事だよ。僕だってほら」
手のひらが重なり、誘導されるように引かれた。手触りのいい生地を押し上げる何かが詩織の手のひらに押し当てられる。
「っ」
「一緒。僕も詩織ちゃんもえっちだ」
そのまま、手のひらに押し付けられる。途切れたキスが再開される頃には、詩織の手のひらは当てられた何かを型どるように動いていた。
体温を分け合うように、互いを押し付け合う。隙間なく体を寄せると、薄手のキャミソール越しに突起が擦れる。
「……っ、ふぅ」
唇の隙間から漏れるあえぎ声が、気持ちよさを証明している。突起が、仁の体に擦られ、さらに立ち上がる。詩織も押し付けられるモノをゆっくり撫でていく。互いの快楽が解放されてしまえば、羞恥は少しずつ消え去った。残るのは、体の奥底から絶え間なく湧き出る疼きだった。
「このままソファでってのも悪くないけど、どうする?」
「……おねがい」
「うん」
子供が抱っこを強請るように、腕を伸ばす。もちろん、寝室に連れて行って欲しいというおねだりだ。
「僕の詩織ちゃんはあまえんぼうだ」
くすくすと笑みを零す仁が、詩織の腕を首に誘導する。
「しっかり掴まってね」
「……うん」
熱に浮かされた詩織の思考は定まらない。あまえんぼうと言われたとおり、子供のような振る舞いになってしまった。
「……しっかりものの詩織ちゃんもかわいいけど、ぼくの前であまえんぼうでいてね」
詩織はその言葉の通り、仁の首筋に顔を埋める。すん、と鼻をすすると、優しい匂いが胸いっぱいに広がった。疼く体に逆らわず、筋の浮かぶ首に唇を落とす。ちゅ、と少しだけ吸い付く。すると、仁の動きがぴたりと止まってしまった。
「どうし……」
「いや、なんでもない」
のぼせた詩織はその言葉を素直に信じる。思ったよりも筋肉質な体に身を預けるのは心地がいい。何度も首に唇を寄せて、落とす。愛しさを込めてぎゅっと抱きしめると、「こら」と叱られた。そんなじゃれあいをしていると、がちゃりとドアを開ける音が聞こえる。
リビングの奥にあったドアはやはり寝室の入口だった。暖かいリビングとは違い、寝室はひんやりとしていた。冬の訪れを感じる冷たさに、詩織はふるりと体を震わせた。
「起きた時のままだから、乱れてるな」
詩織を抱えたまま、仁がベッドを整える。自分のものでは無いベッドはどこか生々しい。そして、ハーブやコーヒーでもない香りが詩織の嗅覚を刺激した。言葉で言い表せない、甘く痺れるような香りだ。ボディソープやコーヒーなどに左右されない仁の香りだと気づいた時には、体の疼きはどうしようもならない物になっていた。
「……ん? どうか、した?」
「……っ」
仁がサイドランプをつける。すると寝室にうっすらと明かりが灯る。同時に詩織もベッドに下ろされた。離れていく熱に、心細さを覚える。この疼きをどうにかしてほしいのに。そんな思いで、また手を伸ばす。
「あまえんぼうさん。まってて」
「……ん、」
額にキスが落ちてくる。仁は開けっ放しだった寝室のドアを閉めた。サイドランプの光だけになった寝室は、どことなく淫靡な雰囲気に包まれた。
「はい。戻ってきたよ」
離れていた一瞬で失われた熱を取り戻すように抱きしめられた。温もりを感じられる余裕は一瞬で、すぐに深いキスに溺れる。今度は、詩織も仁の舌を求めて絡めていく。ちゅく、ちゅくと水音が淫靡な寝室に響く。
一人寝にしては大きいベッドに体を埋めると、刺激的な香りの濃度が増す。いとしい人の存在を間近に感じた。
キスをしながら、互いの服をぬがせ合う。仁も同じジップパーカーのため、脱がすのは容易だった。
薄手のキャミソール一枚になったが、寒さはちっとも感じない。むしろ、その一枚すらも煩わしい。
「積極的だね」
詩織をまたいで、仁がパーカーの下に着ていたTシャツを脱ぎ捨てた。彫刻のような美しい体があらわになり、詩織は思わず顔を手でおおってしまった。
「だあめ」
「っ、」
その手はすぐに取り払われた。そして、端正な顔が目の前に突き出された。
「かあわいい。ちゃんと見せて」
「っ、あ」
キャミソールの裾から、手が侵入してくる。大きく、男性の手だった。裾を押し上げ、二つの柔らかな膨らみの所で止まる。しかし、止まったのは一瞬で、すぐに全てを押し上げられた。
ふるり、と決して大きくない乳房が揺れる。そして、その勢いのまま、脱がされてしまった。
取り払われたはずの羞恥心がじわじわと蘇ってくる。思わず顔を逸らすと、耳朶をべろりと舐められた。
「ひあ」
「見ないなら、僕の好きなようにしちゃうよ?」
ふう、と耳に息を吹きかけられる。悪魔のような囁きに、詩織はこくこくと首を縦に振るしかできなかった。
「すなおだね」
赤く色づき、ぷっくらと膨らんだ突起は、 新たな刺激を待ち望んでいる。逸らした顔を正面に戻すと、欲望を孕んだ目と視線があう。
欲望から目を逸らせないでいると、ゆっくりと仁が近づいてきた。
その後、突起を縁取る乳輪に沿って舐められる。絶妙な刺激に、体がビクリと跳ね上がる。
「本当はね、一晩かけてじっくり」
かぷり、と突起をかじられる。その瞬間、体の中を快楽が駆け巡る。
「あぁ……っ」
「じっくり詩織ちゃんの体を知っていきたいんだ」
でも……と、仁が続ける。噛まれた突起を労わるように優しく舐め取られる。舌で押しつぶされ、ちゅうっと吸われる。与えられる快楽に、詩織の疼きは、収まるどころか更に激しさを増す。
「それはまた今度ね」
ひとばん。
じっくり。
「……うん」
また今度。また今度がある。じわりと浮かぶ涙は喜びからだ。
「しっかりものだけど、あまえんぼうで……」
べろりと目尻を舐められた。その舐め方はとても執拗だった。思わず、驚きで涙が引っ込んだ。
「泣き顔だってかわいい」
「……」
「僕の中の詩織ちゃんのイメージは泣き顔なんだ」
落ち着いたトーンだが、手つきはいやらしい。詩織の突起をいじるのを忘れていない。もう片方の手が、ふわふわのズボンをぬがしている。導かれるように腰をあげると、あっという間に取り払われてしまった。
「出会った頃、泣いていたね。優しくしてあげたいと思う反面、その泣き顔にそそられたのも事実」
今この場面で聞いていいセリフなのだろうか。ぼんやりした頭でそんなことを考える。正しいか正しくないかは分からないが、自分のことを好きでいてくれるなら。とそんな結論に達する。
「でも今度は……」
いたずらに突起を弄っていた指が、太ももの間に滑り込んでくる。
「僕で気持ちよくなる詩織ちゃんを見たいな」
その言葉と同時に、仁の指が詩織の潤んだ蜜口を撫であげる。もちろん、卑猥な音がすぐに響いた。
「っぅ、ん……」
感じる場所を撫でられた訳でもないのに、どんどんと蜜を生み出していく。蜜を絡めとるような指の動きは、ゆっくりとしていて、詩織の疼きを満たしてくれない。無意識に仁の手を挟むように足を擦り合わせる。すると、上下を撫でるだけだった指が、探るような動きを見せた。
単調な動きではなく、指を折り曲げ、時折何かを引っかく。詩織の快楽を探しているような、焦らされているような。どちらか分からないが、指の小さな動き一つ一つに詩織は翻弄される。
「あぁ……」
かり、と引っかかれた場所から、ぴりぴりとした刺激が駆け巡る。すると、今度はまた見当違いの所を引っかかれた。完全に焦らされている。そう思った時だった。
「気持ちいい顔、見せて」
先程、刺激をされた部分を擦られる。大きな声が漏れでると同時に、何かが入り込んできた。それほど太くないものの、圧迫を感じる。しかし不快ではない圧迫感は、すぐに消え去った。
「っん、ぁあっ、ダメっ……あっあぅ……っ」
焦らしなど一切ない、容赦ない責めだった。外と中で感じる快楽を同時に。しかも急激に責められる。焦らされた体は、貪欲に快感を求めていた。その快楽は詩織の中を一気に駆け巡り、瞬時に高みに連れていってくれた。
視界が真っ白になった。
途切れることない快楽。
だらしなく口を開けて、叫び声に近い喘ぎ声が溢れ出る。
自然と涙がこぼれ落ち、詩織の目尻から流れていく。同時に口の端からも唾液が流れ落ち、自分の今どんな顔をしているか想像できなかった。仁が、かわいい。もっとみせて。と言っているように聞こえたが、快楽の渦に放り込まれた詩織には届かなかった。
「気持ちいい?」
痺れるような快楽に苛まれていたが、仁の声は冷静だった。対象的な態度と口調に、詩織の口からは拒否の言葉が漏れる。
「……だ、めぇ」
「ほんとに?」
だめ、やだ、やめて。
快楽を貪欲に求めつつも、自分だけでは心細い。
震える手で涙を拭うと、快楽に溺れる詩織をじっと仁が見つめている。頬を紅潮させ、唇を噛み締めている。なにかに耐えるような表情だった。
そっと視線を下にすると、布越しでも分かるほどそそり立つ陰茎が目にはいる。
仁にも気持ちよくなって欲しい。詩織は素直にそう感じた。
「……おね、がい」
「何を?」
「一緒に……きもちよく、なりたい」
詩織の懇願に、蜜壷をいじめ抜いていた指の動きが止まる。止まった責めに、一瞬戸惑いを感じる。ゆっくり視線を仁に戻すと、彼は俯き、はっ、と短く息を吐いた。
「……やさしく、できないな」
覚悟して。聞いたことも無い低い声で宣言される。
そして、宣言と共に、指が引き抜かれる。
「っ、ああっ!」
指が抜けていく時の刺激で軽く達してしまう。仁は俯いていた顔を上げ、詩織をじっと見つめた。
そして、濡れた蜜を拭き取ることも無く、そのまま髪をかきあげた。口角を片方だけあげて、意地悪げに微笑んでいる。そして、見せつけるように部屋着を脱ぎ捨てた。
先程撫でた時よりもずっと大きくて、生々しい陰茎が目の前に現れた。
凶暴な雄を目覚めさせてしまった。そう思ったが、一人で快楽を貪るよりもずっといい。
「ひとし……さん」
「……まってて。大人のエチケットだよ」
大きな手が伸びてくると、ベットサイドに置いたあった何かを手に取る。正方形のパッケージを荒々しく破ったと思ったら、噛み付くようなキスが降ってきた。ぢゅくぢゅくと鼓膜を揺らすような卑猥な水音に翻弄されていると、唇が名残惜しそうに離れていった。
「お望み通り、二人でね」
指とは比べ物にならない圧迫感が詩織を襲う。
刺激的な男性の香りが、より濃厚に立ち上った。
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