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「お疲れ様でしたマスター、いまからお食事のご用意をいたしますので少々お待ちください。」
小鳥の埋葬をすませ玄関のドアを開けるなり彼女はそう言って台所に立った。
温もりを感じていた右手からするりと彼女が手が抜けたときまたも胸の奥の核が苦しくなって、ぼくは部屋に上がることができなかった。
「少し外にいてもいいかな?」
台所から彼女の許可をもらいぼくは庭先の畑に初めて足を突っ込んだ。
色とりどりの野菜がとても生き生きとして、拾い上げた壌土からこれまでの命の歴史を感じる。
この感情はきっと感動というものだと理解できた。
ぼくの中にあるプログラムは人間のような感受性を感じるように組み込んでいて、彼女のことをなに一つ覚えていないぼくが唯一彼女と共感することができるものだった。
しかしだからこそ、アイをうまく理解できず、彼女に対してアイを表現できないことがもどかしい。
もしアイを理解することができたら、彼女の名前を思い出すことが出来るだろうか。
もし彼女の名前を思い出すことが出来たら彼女は僕を許してくれるだろうか。
もしぼくが彼女と同じ人間だったら……。
製造まれてからこんなにも深く考えたことはなかった。地面を見下げて、空を見上げて、そんなことを何回か繰り返していくうちにぼくの足元を茶色いに毛玉が通りすぎていく。
あれはタヌキという小型動物であり、彼女が育てたこの畑の作物を食い荒らす輩だ。
ぼくは考えるよりはやく体が動いて、茶色のしっぽに掴みかかったが、タヌキはそのしなやかな体躯を活かしてぼくの腕をさらりとかわす。
絵に描いたように地面にダイブした。
「お食事の前にシャワーを浴びなければいけませんね」
ベランダから聞こえてくる声に振り向くとエプロンを着用した彼女がくすくすと笑っていた。
その笑顔を見たとき人間のこと、彼女のことをもっと知りたいと思ったのだ。
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