名前のないきみへ

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 ぼくたちは家に向かう。  十字に組まれた木の柱が何本もありそこだけ土が盛り上がっていた。十字架と呼ばれるものだと理解した。 「あれはなんだい?」 「お墓です」  彼女は立ち止まり十字架をじっと見つめていた。  ぼくが心配になって彼女の顔を覗き込むと彼女は笑い家の中に入るよう手を差し伸べた。  錆び付いた車、骨が折れた傘、ブレーキが壊れた自転車が時の流れを感じさせる。  家には一階と二階があった。彼女はぼくを二階に案内してひとつ部屋を与えた。その部屋はベッドと机のわきに置いてある本棚しかない狭い部屋だったが子どものぼくには充分すぎた。  しばらくして彼女はぼくを呼びつけた。 「マスターはいつもこうやって冷たいコーヒーを飲んでいました。なにもかも忘れてしまった今も好きなのでしょうか?」  ぼくはコーヒーというものがよくわからないから教えてほしいと答えると彼女はぼくにコーヒーを淹れてくれた。 「苦い」  ぼくがそう言うと彼女はなぜか嬉しそうに笑った。彼女がコーヒーにミルクをいれたのでぼくも真似しようとミルクに手を伸ばしたが、彼女はそれを制しミルクを取り上げる。 「ダメです」  機嫌を損ねて口を尖らせた僕の頬を彼女は人差し指でつついて、 「マスターはブラックしか飲めないのです」  そう微笑んだ。  
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