名前のないきみへ

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 シャワーの温度は予想していたより高めに設定されていた。  肌に刺さるほど熱いシャワーが彼女の柔肌を流れたあとにぼくの身体を流れ落ちていく。  彼女は手のひらの石鹸をこすって泡立てるとぼくの小さな胸を洗い始めた。 「指先が冷たいね」 「申し訳ありません。私は冷え性でして手足がすごく冷たいのです」  悲しげにつぶやく彼女の言葉に首を横に振って笑みを送る。 「シャワーが熱いからきみの冷たい指先がとても気持ちがいいかも」  そう言うと彼女は安心したように微笑んでその指先で泡を立てた。  手のひらでおさえきれなくなった余分な泡をぼくの手のひらに乗せて、そのまま自分の胸に押し当ててきた。  彼女は何も言葉を発さなかったがぼくは自分の体にはない胸のふくらみを小さな手のひらで感じながら雪のように白い肌を洗った。  不思議だ。  彼女は僕を憎んでいる。だからこそぼくを造ったとはいえ、製造()まれてからまだ半日しか経っていないのにこうして裸でシャワーを浴びている。  屈んだ彼女の濡れた黒髪がぼくを包み込み、雲一つない真っ黒な瞳に吸い込まれそうになる。ぼくは彼女のほかに人間を見たことはないが、きっと彼女は美しいと思うのだ。  その証拠にぼくの鼓動はどんどん早くなって胸の奥にある核がオーバーヒートを起こす寸前まで追い込まれている。 「マスターそろそろ泡を流しましょう」  ぼくは不規則になる呼吸を悟られないように泡が体から流れ落ちた瞬間にシャワールームを飛び出した。  これ以上あの空間に彼女といたらぼくはきっと狂ってしまうと考えたのだ。  しかしこの瞬間も純白な石鹸の泡が彼女のかすかな汚れを包み込んで下水に流れていく。  ぼくには湯気の中に隠れている彼女が人間を超えた生命体に見えた。    
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