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彼女はあの日以来ぼくをシャワーに誘わなくなって一週間が経った。
それからぼくの習慣はベランダにある椅子に座って一日中庭先にある畑をぼんやり眺めることになった。
相も変わらず入念に掃除をする彼女はそれが終わると畑に向かい自給している野菜を収穫して食事の支度をはじめるのだ。
人間である彼女は不老不死とはいえ活動するためのエネルギーは不可欠でそれは機械のぼくから見ればとても非効率な行為であり、到底理解できる行動ではない。
「人間とはかくも面倒な生き物だね」
「そう思われますか?」
「うん、実に無駄が多い。機械のぼくなら食事もいらないし、睡眠も必要なく満足な行動がとれるというのに」
「そうかもしれませんね。でもマスターがおっしゃっていた面倒で無駄な行為こそ人間が生きる最大の活力になると考えます。しかし人間はたった数秒の手間を効率化するために何千年もかけて手に入れたものを失ってしまった」
「きみは何を失ったと思う?」
「それは愛ですよ。マスター覚えておりませんか? 昔あなたがわたしに教えてくださったことです」
背中越しからも伝わる彼女の真剣なまなざしにぼくは五秒ほどの黙り込んで覚えのない記憶の廻廊を彷徨っていたがついに探し出すことができなかった。
「ごめんなさい。ぼくはアイを覚えていないようだ……もしかしてそれがきみの名前を思い出すヒントになっているのかい?」
「……庭先をお掃除してまいります」
彼女の声色が明らかに変わったのに気が付いた。
一通りに部屋の掃除を終えた彼女はやがて玄関のほこりを払うために外に出た。
そのとき庭先に一羽の小鳥が横たわってるのが目に入った。
「小鳥が怪我をしているよ」
ぼくは椅子から立ち上がり窓辺に立ち近くにいた彼女に指を指す。
彼女は指示通りに小鳥を確認すると両手で包むように持ち上げぼくに見せた。
「死んでいるのかい?」
「はい、すでに天に召されております」
「それじゃあどこか遠くの森に捨てておいてくれないか、きみが手入れしている美しい庭に相応しくないだろう」
ぼくの問いかけに彼女は森の中を指差して答えた。
「わたしはこの子を埋葬したいと思います」
「なぜだい? この小鳥ときみに面識はないのだろう。どうしてそんなに面倒くさいことを自分からやろうとするの?」
「それが愛なのです」
続けざまの問いかけにも屈せずに彼女は困った顔をひとつも見せずに言い切った。
「アイ?」
「違います、愛です」
ぼくが首を傾げると彼女は窓辺に近づき背伸びしながら僕の頭を優しくなでた。
「マスターはこれから愛を学ぶ必要がありますね。ついてきてください」
どうやらぼくはアイを学ばなければいけないらしい。
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