もう勘弁してください

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 知り合いのつてで採用された古本屋。日中の数時間はここで、あとは掛け持ちのコンビニのバイトで何とか生計を立てている。六畳一間のおんぼろアパート、その大家が気弱な太一を気に入り、家賃をさらに安くしてもらっているのも助かる話だ………何と言っても、金がかかる。 「ぁぁあああ!ついに出たんだ!新型モデル!いやぁーやっぱり旧式よりも色々と機能が追加されている分、部品もかなり増えてるみたいだね。これを組み立てるのには何か月かかるかなぁ………」  電気屋の最上階のフロアの天井から吊り下がっている『ゲーム・アニメ』のプレートが室内の空調でゆらゆらと揺れている。ガラス張りのショーウィンドウの中に飾られた完成形のプラモデルを、ガラスに鼻がつきそうなほど顔を近付けまじまじと眺める。 「アニメ版だと新型はジェット機能が足の裏と腰辺りに内蔵されることになったから背中の羽は必要なくなったんだよね。その代わりに予備のアサルトライフルを斜め掛けで背中に背負うスタイルになった訳だけど………何でこの型は何も背負ってないんだろう??コストが掛かり過ぎたのかな?」  三日前に家賃の支払いを済ませ、今月の残りの食費と月末に請求される光熱費を除くと使える金額は一万円程度。出来ればその半分は来月まで持ち越したい所だ。そしてこの新型プラモデルの値段、8,500円。箱を掴んでは棚に戻し、また掴んではまた戻し……。 「ありがとうございましたー。」  ウィーンと自動ドアが開き、店から出てきた太一がその両腕にしっかりと抱き締めているのは彼女ではなく、ついに買ってしまった新型プラモデル。待ちきれずに何度も袋の中を覗いてしまうその気持ちは、きっとオタクにしか分からないだろう。点滅している信号に気付き、太一はプラモが入った袋を一瞬だけ片手に持ち小走りで渡ろうとしたが間に合わなかった。ふと隣を見ると同じく渡る事ができなかったスーツ姿の中年男性が太一と同時に足を止めた。チラっと男性の方を見ると、いかにも機嫌の悪そうな表情でボタンを見ては太一の顔を見る。その視線で訴えているのは太一にも読み取れた。信号機のボタンを押しさり気なく前を見ると、そこには以前他の横断歩道で見掛けたあの女性があの時と同じシチュエーションで反対側に立ち、信号待ちをしていた。 …………これは、運命だろうか?
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