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3回目
2回目の遭遇から1ヶ月が経った。この頃は芽衣の話題が出ることもめっきり減った。
その日19時を過ぎた駅前広場は帰宅ラッシュとクリスマス前の賑わいが合わさり人で溢れた。イルミネーションも久しぶりに見ると美しく感じるもので2人は人波から漏れる光を楽しんでいた。
「ちゃんと見たの意外と初めてかもね」
「あー言われてみれば」
話しかける優子に素っ気なく返す沙都美。優子はその心中を何となく察して、あえて何も言わなかった。
「――なんかあの辺人いなくない?」
イルミネーションが連なる縁の手前、1カ所だけ人通りがなかった。
2人は流れに逆らってその空間に目指した。近づいてくと雑踏の奥で声が聞こえた。聞きづらいが日本語ではなかった。ただ声が出ている、そんな感じだ。
さらに人を掻き分け空間に近づいた。やはり言葉は言ってない。声質は女性で、口から漏れ出す嬌声のような吐息混じりの声だ。沙都美は誰の声か分かった。芽衣は周囲も憚らず喉を裂くように喘いでいた。彼女を避ける大勢が都会の無関心さを体現していた。
沙都美は人々の早歩きを強引に止めてやっと空間に抜けた。垣根を背にして2mもない円の中心に膝を抱えるようにしゃがむ芽衣がいた。
彼女は左の瞼を摘まみ裁縫針で縫っていた。右目は充血して瞳を濡らし、喘ぐ唇はもうジグザグの糸で封じられていた。道行く人が彼女を無視するのも仕方ない。皆視界に入れるのすら拒み家路を急いだ。現実の光景に思えなかった。
沙都美は芽衣の針仕事をじっと見つめた。下瞼から通した針は角度を変えて上瞼を貫通、穴を通る白糸は赤くなった。その糸が玉留めまで引っ張られるのに合わせて嬌声は籠もって響いた。芽衣の両手は汗に塗れ血管が浮くほど力んで何度も刺し違えた。優子が追いついた時には、もう右目も縫い終わろうとしていた。
叫んだ優子につられて周りがざわめきだした。立ったまま顔を覆う沙都美を置いて優子は救急車を呼んだ。3人は黒々とした集団に囲まれ無数のスマホを向けられていた。
観衆に見守られながら芽衣は縫い物を終わらせた。
およそ15分後、沙都美は明日も仕事だからと無理に優子を帰して、両目と口を封印した芽衣と共に救急車に乗った。
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