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 気をつけの姿勢で固定され、ステフは輸送機内で頭を下にして吊るされていた。すぐ近くに大きな扉のような床があり、周囲には同じ措置をされたアンドロイドたちがいた。全員の頭部は強化骨格の影響で白く艶やかだった。  彼らはそろって目を瞑っていた。突拍子もなく更新された情報によると、フライングベッドと呼ばれるこの輸送機は、戦地上空を飛び、規定の位置で部隊を投下するらしい。 「重要戦闘地9番、作戦開始」  突然、大量の管弦楽器が鳴った。音量はクレッシェンドに従うように増していき、ステフはそれがベートーヴェンの交響曲第九番であると気づいた。  脳内の演奏はいったん落ち着いた。すると、低い男性の声が聞こえた。オペラ歌手のソロパートだ。ステフは不意にシンディの父親を思いだした。  ——自分は捨てられたのだ。そしてどういうわけか初期化されないまま兵士モデルとなり、上空一万メートルを飛んでいる。  バリトンの声とオーケストラが背比べするように交互に鳴ると、ある観念が体を支配していった。 『標的ヲ排除セヨ』  バリトンの声をかき消すほどの大合唱、交響曲のクライマックスが訪れた。それとともに床であったはずの鉄板は消えた。  次に重力が消えた。四肢を大の字に開く動作はステフにとって初めてだったが、慣れ親しんでいる動作に思えた。吹きあげる風が体を打つ。交響曲は巨大な山を越え、大地を揺らすようなメロディは繊細な木管楽器によって優しい音色へと変わった。  ステフは安らかな表情で地上を見渡した。 『標的ヲ排除セヨ。標的ヲ排除セヨ』
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