25人が本棚に入れています
本棚に追加
第弐話 ようこそ、死の扉へ
「お前の茶番に付き合ってやりてぇのは山々なんだがな、こちとら急いでんだ。退け」
冷たい物言いだったと少し罪悪感が沸いたのは、女が眉を顰めながら俺に距離を取ってからだ。
興味はあるが、それ以上に構っていられない。男としての勘が告げる。コイツにゃ深入りしてはならねぇ、と。
「また明日、会えたらな」
女の頭を軽く叩き、俺は足を急がせようとした。
刹那、握らされた拳。冷めた上に固い感触のソレに、俺の足は止められた。
「おいおい、嬢ちゃん……こりゃ一体、何の真似かねぇ?」
全く察知出来なかった姿、殺意。女のククリが俺の脇腹を未だに狙っていた。
嗚呼……背後から闇討ちなんて、ほんと怖い世の中ですねぇ~。
「何の脈絡も無しにいきなりたぁ……見掛けによらず危ねぇ女なこって。どうした?」
だが、この街じゃこんなの日常茶飯事。要するに俺みてぇな奴は慣れてるって話で、だからこそ余裕綽々と居られる現実。
それを知らない辺り、この女は余所者以外の何者でもない。
「お腹減った」
「……はぁ?」
ベストタイミングと言えるべき所で、女の腹が鳴った。
それも聞いてるこっちが恥ずかしくなる程の、大きな音で。
「それで何でいきなり斬りかかってくるんだか。お前は俺を何だと思ってんだ?」
「金持ち?」
「へぇ。追い剥ぎごっこか、お嬢ちゃん」
「違う。されたの」
「追い剥ぎを?」
女はこくりと頷く。
「だから……、お金。無い」
そうして悪びれもなく、そう続けた。闇討ちがバレても物怖じしない姿は感心するが、どうにもこうにも突っ込み所があり過ぎて呆れるばかりだ。
「さっきの異能とこの刃物は飾りかぁ?」
「何が?」
「とても追い剥ぎに合うようなタイプじゃねぇだろ、お前」
「相手、子供だったから……」
かました皮肉に、女はばつが悪そうな表情を並べた。
あんな風にあっさり殺人を犯した割に、それなりの人情があった事に大層驚きが隠せない。
「何にせよだわ。俺に斬りかかった事情に繋がってねぇけど、そこん所はどう説明つけてくれるのよ?」
「ノリと雰囲気?」
「おう、雰囲気は納得した。んだが、ノリにしちゃ楽しそうな顔してねぇよ。どーした」
ククリを力任せに押し返せば、女は不機嫌な顔で俺を睨むだけ。
何だコイツ……本当に可愛げねぇわ、読めなさすぎて危なっかしい。
「じゃあ……聞いて?」
「何だよ?」
「お腹すいた……」
「それにしたって、こんな物騒な場所でウロウロと……
駄目だなぁ、嬢ちゃん。迷子にしても、道間違え過ぎだろーや」
だが、一番はーー面白い。その一言に尽きる。
「要は、今すぐにでも金が欲しいんだろ?」
「そう」
「なら付いてきな」
俺がそう歩き出せば、雛鳥のように足音を並べる。
どうやら、この女に警戒心は皆無らしい。けれど、それは裏を返せば、いつ何が起きようが逃げ切れる自信があるからだと俺は推測する。
だからこそ、膨れ上がる興味心。今夜は久し振りに刺激的な一時を過ごせそうだ。
最初のコメントを投稿しよう!