第弐話 ようこそ、死の扉へ

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「……何する気ですか?」 仕事場の開場である階段前。女が不機嫌そうに俺を睨めた。 「何もしねぇよ。お前には」 「あっそ」 無愛想に俺を横切り、階段をスタスタと降りていく。 この女、恐れ知らずにも程があるだろ…… 「お前の肝っ玉どうなってやがる?」 「どうもなってない。もう何も感じないだけ」 そう言い放った背は、どこか儚さを演出していた。 けれど、それだけだ。こう言った発言で気を引きたがる女を俺は腐る程見てきた。 そしてそれは、決まって外れクジ。慣れ親しめば親しむ程、承認欲求の奴隷に成り下がる。 (過大評価はまだ早い……ってな) 女の肩を叩き、追い越した先にある黒の鋼製扉前で俺は立ち止まる。数秒足らずで女も俺に足を並べた。 無表情で扉を見上げる視線は、正に虚ろで死人のようだ。 「逃げるなら今の内だぞ」 「不思議な人……」 「あん?」 虚を訴えるような視線が、俺にゆっくりと流れて来る。 傾げられた首。表情は無いと言うのに、不思議と煽られている気分にさせられた。 「自ら誘っておいて、逃がそうとしますか」 「まぁ、この先は地獄でしかないからねぇ…… 一応若い姉ちゃんには好かれたい方なのよ、俺」 「安心して」 光を通さない死んだ魚のような碧眼が、俺を見上げる。 ふと伸ばされた指先は、俺の頬を優しく撫でながら宙へと滑り落ちて行った。 「そんな感情、私には皆無です」 「と、言うと?」 「無でしかない。何事にもね」 挑発的な物言いで、女は無理矢理に扉を開いた。 鬱蒼としていた階段に眩い光が漏れ、脆い金属音が野郎共の小汚ない歓声に呑まれていく。 そうして扉が開き切った頃には、血腥さと開場の熱気が俺達の中に立ち込めていた。 しかし、女はそれでも動じている様子は無い。 「はっ……じゃあ、嬢ちゃん」 差し出した手。女は顔色を変える事なく、俺を真っ直ぐに見貫いていた。 「ようこそ、デスゲート……通称『獄門』へ」 「“獄門”……?」 「詳細は入ってからだ。俺はここの創始者兼総支配人であり、絶対的王者さ。だからーー」 お前が嫌だと根をあげるまで……“死”を案内してやるよ。 挑戦的な態度には、同じくそれで返すのが俺の流儀だ。 そうして向けた嘲笑に、女は「お願いします」と手を取った。
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