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第参話 命の傍観者よ、聞け
中に入れば、民度の低さを隠さない連中が熱狂的な声を揃えていた。
観客席に囲まれ、有刺鉄線が張り巡らされた中に聳え立つ四角形の金網ケージ。まるで監獄のような空間。入場口からそこへと続く道は花道なんかじゃなくて、正に三途の川と言った所か。
「ここ、何……?」
「まぁ座れや」
女は怪訝そうな面持ちで引いた椅子へと座った。
俺もその隣へと座り、長机に置いてあったパンフレットにざっと目を通す。今日のカードは大した有名でもない二人の試合と言う事で、興味は大して湧かなかった。
「ほらよ」
「何?」
「いいから見ろ」
不快そうに受け取り、パンフレットを辿る目はやはり虚ろだ。
そんな女を退屈げに眺めていたら、観客のひとりが俺の存在に気付き、あっという間に王理コールが会場を支配していく。
これは開戦の合図と言ってもいい。ふと視線を腕時計に落とす。
丑三つ時ーー頃合いだ。
「おうり……?」
「あぁ、俺の名前だよ。王の理と書いて王理な」
「ふーん……」
大して興味もなさそうに、女はパンフレットを机に置いた。
続かない会話。この状況を前にしても尚、動じない姿はある意味称賛に値するが……盛り上がりに欠けるのもまた事実。
「あの、」
「何だ?」
「これから一体、何が始まるんですか?」
「はっ……この世から憚れた大罪者共の殺し合い」
そう告げ、手にしたマイク。いつものように実況を始めれば、会場が大いに盛り上がる。流れる爆音の音楽に女が煩わしそうに耳を塞いだ。
その間に入場して来る出場者の二人に、会場が沸く。
「下品」
そんな中、女が唾を吐き捨てるように呟いた一言を俺は聞き逃さなかった。
「ははっ。よく言われるよ」
ふと置いたマイク。重ねた視線の先、拒絶を孕んだ碧眼が俺を睨んでいた。
「けど、付いて来たのはお前の方だ」
机に叩きつけるように置いた札束。女の視線は一瞬そこに落ちたが、再び向けられたそれは軽蔑も露にしている気がした。
「何ですか、これ」
「賭けようや。どっちが勝つか」
「……私は何も持ってない」
そっぽを向くように外された視線は、ケージの方へと向けられた。選手の両者は入場し切った後で、武器の最終調整に入っている。
命懸けの戦とあって、それはとても丹念に行われる。故に時間が掛かるってな訳で。
「持ってるだろ」
「…………」
「お前の全人生、俺にベットして貰おうか?」
その一言に女は目を見開き、固まった。追う言葉はなく、押し黙っている様子だ。
やはり、感情がない訳じゃない。そこら辺に溢れ返ってる女なのだと、込み上げていた興味が失せていく。
「金に並ばせる価値のないものなのに?」
「あん?」
だが、ここで初めて女は破顔した。
俺の眼を彩るは、その清純そうな顔に似合わない不気味な嘲笑。失せた興味が、根刮ぎ抉られていく気がした。
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