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3.喜びと不安と
成臣と結婚してからというもの、桐ヶ崎家おかかえの運転手によって女学校まで通うようになった奈津は、同級生たちの注目の的になっていた。
「奈津、見たわよ。どこのお嬢様かと思ったわ」
「やめてよ、小夜ちゃん」
同級生で仲良しの小夜はニヤニヤと奈津をからかい、奈津は困ったように眉を下げる。奈津としては歩いて通ってもさほど遠くはなく、実家から通うよりもほんの少し距離が伸びただけで問題ないのだが、成臣がそれを許さなかった。表向きは夫婦を演じなくてはいけない奈津にとって、それは断ることができなくて――。
しかも「大事な妻を歩かせるなどとんでもない」と言うので、奈津の心臓はドキリと飛び跳ねる。それは成臣の本音なのか建前なのか、きっと使用人たちがいる手前、夫婦としての建前なのだろうけれど、どうしても引っ掛かってしまう。成臣の感情がつかめないでいる。
「それにしても結婚したのにまだ学校に通うなんて、奈津ももの好きよね」
「そうかしら?」
「そうよ。だって普通結婚が決まったら学校を辞めて旦那様に尽くすものよ」
「だって、成臣さんも自由に勉強していいって」
「もー、そんなの真に受けてるの? 奈津の希望を聞いてくれるなんて、優しいのね、成臣さん」
「そうね。優しい……と、思う」
言葉にして、改めて実感する。そうだ、成臣は優しいのだ。最初の出会いこそ最悪でお互いの利害の一致のための結婚だったけれど、蓋を開けてみれば毎日成臣と顔を合わせ食事をし言葉を交わす。同じベッドで寝起きすることも動揺はしたけれど今となっては苦ではない。それどころか当たり前になりつつある。
それに成臣は奈津の話を聞いてくれ優しい言葉をたくさんかけてくれる。奈津の考えに対し、助言もしてくれる。父とは違い、奈津の勉学に対する向上心も認めてくれる成臣は、いつしか奈津にとってよき理解者のような存在になりつつあった。
「まあ、私は奈津と学校に通えて嬉しいけどね」
「ふふ、ありがと、小夜ちゃん」
奈津こそ、今まで通り女学校へ通え、こうして小夜と過ごせて嬉しい。
結婚して家庭に入ってしまったら、こんな風に友達と会ったりたわいもない話ができなくなるからだ。
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