2.仮初めの結婚

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翌日から、成臣はさっそく奈津を仕事に連れていくようになった。毎日ではないが、成臣に余裕があるときは奈津に声をかける。そんな日は奈津は女学校をお休みして、一日成臣の仕事を勉強することにした。 普段乗っている自動車は二人乗りでいつもは運転手がいるのだが、奈津を連れて行く日は成臣の運転で奈津が横に座る。 「成臣さんは……その、運転もできるのですか?」 「ああ、もちろん。前までは自分で運転して仕事に行っていたよ」 「そうなんですか。自動車も珍しいのに運転までできるんですね」 「新しいものを見ると商人の血が騒ぐからね。いいと思えばすぐに手に入れたくなる。運転もなかなか楽しいものだよ」 そう言うように、成臣は西洋のものをどんどんと取り入れていた。住んでいる自宅も西洋風、普段着ているものも洋服が多い。 「えっと、じゃあなぜ運転手に代えたのですか?」 「まあ、さすがに自動車二台を買うのは大変だからね」 「自動車を二台……?」 「奈津も自動車で女学校へ通うだろう?」 奈津は目をぱちくりさせる。 確かに女学校へ行く日は桐ケ崎家お抱えの運転手が奈津を自動車に乗せて女学校まで送っていく。終わる時間にはきちんと迎えにも来てくれている。そうしろと言われたからそうしているだけで、まさか奈津のために運転手を雇っていたとは思わない。 「ええっ、それなら私は歩いて女学校まで行けます。今までもそうしてきましたし」 「それはダメだよ奈津。あんな長い道のりなのだから。大事な妻を歩かせるだなんてとんでもない」 「だっ……つっ……」 ぐわんと体の奥から熱がわきあがってきて、奈津はふいと目をそらした。「大事な妻」などと、成臣は平然として口にする。ああ、そうか、夫婦を演じなくてはいけないのだから、そうするのが普通なのだろう。 (……本当に?) ドキンドキンと動揺しそうになるのを、外の流れゆく景色を見ることでごまかした。知らない景色は奈津の心をわくわくとさせた。
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