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「それはそうと、子供ができたらさすがに学校辞めるのよね?」
頬杖をつきながらニヨニヨといやらしい笑みを称える小夜に、奈津はむせ返りそうになる。何を……と思いつつも小夜からは期待の眼差しを向けられて動揺した。
「ええっ?」
「いいなぁ、憧れる。私も早く結婚して学校辞めたいなぁ」
「子供って……」
「だって夫婦になったんだから、当然経験済みよね。あー、奈津に先を越されたぁ」
「ちょ、ちょっと小夜ちゃんったら。やめてよ」
「いいじゃない。羨ましいのよ、私は」
あっけらかんと口にする小夜に、奈津はタジタジだ。
"経験"だなどと、言っている意味がわからないほど奈津は子供ではない。でも成臣とそんな関係になるだなんてことも考えられないし想像もできない。だって二人は仮初めなのだから。
けれど初めて桐ヶ崎邸のベッドを見たときに、一瞬、ほんの一瞬だけれどそういうことを考えてしまったことも事実で。
奈津はそれを思い出しただけで耳まで真っ赤になった。ありえないと思っているのに、そんな風に考えてしまう自分こそありえない。雑念を追い払うようにブンブンと頭を横に振る。そんな様子を見て、小夜は羨望の眼差しで奈津をこれでもかといじり倒した。
そもそも奈津と成臣は仮初めの結婚なのだ。お互い利害の一致で結婚を選んだにすぎないため、間違いが起きるわけがない。
同じベッドを使っているのも使用人たちに仮初めだとバレないようにしているためだし、そもそも広すぎるベッドでは肌が触れ合うことすらない。いつもベッドの端で丸まるようにしている奈津は、成臣の方に背を向けている。成臣だって奈津へ背中を向けているし、ベッドの中で話をすることはあってもそんな浮かれたような内容でもない。最近の社会情勢や貿易のこと、はたまた明日の予定、それくらいだ。
それが寂しくないかと言われれば、最近は少しだけ寂しいような気もしている。ただ、そんな気持ちは考えないようにしているけれど。
一緒にベッドへ入ることへの抵抗はすでに無くなっており、背中越しに感じる成臣の呼吸に安心感さえ覚えていることは事実だ。
(……何考えてるのよ、私は)
奈津はブンブンと頭を振る。そもそも勉学に励みたくて無理やりながらも窮屈な家から出たのだ。のびのびと学ぶことができるこの環境を大切にしていきたい。恋愛にうつつを抜かすなど言語道断だ。
(でもこの環境をくれたのは成臣さん)
いつだって奈津のことを想い、奈津のためにといろいろと先回りして準備をしてくれている成臣。仕事に打ち込みたいと言いながらも奈津に貿易や商法のいろはを惜しみなく見せてくれる。そしてときどき、予期せぬ場面で奈津を"好きだ"と言う。そんなとき心臓が止まりそうになるほど体の奥がぎゅんとする。成臣の言うその“好き”がどの“好き”を表すのかわからないけれど。
(勘違いしちゃダメ。成臣さんは私の勉強に対する姿勢を評価してくれているだけなのよ)
奈津は自分を戒めるように、無理やり頭を切り替える。
(私が成臣さんに求めていることはそういうことじゃなくて……)
そう、恋愛じゃないのだ。ただ、自分のしていることをわかってもらいたい。理解してもらいたい。否定しないで受け入れてもらいたい。
だから、より一層勉学に励むことで、今よりももっと成臣に認められるような気がした。
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