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「寂しそうね」
言われた言葉が一瞬理解できなくて奈津はきょとんとした。持っていたサンドイッチが手から落ちそうになる。
「え?」
顔をあげれば小夜が弁当をつつきながら怪訝な顔をする。奈津は何のことだろうと首をかしげた。
「だから、奈津のことだってば。成臣さんがいなくて寂しそう」
「そうかな?」
「そうだよ。明らかに静か」
「私は小夜ちゃんと違っていつも静かよ」
「何ですって?」
小夜は行儀悪く箸を奈津に向けて威嚇する。奈津は困ったように笑いながら、素直に想いを口にした。
「あはは、ごめんごめん。うん、でもそうね。寂しいかもしれない」
かもしれない、なんて嘘だ。
口に出してしまったらなおさら実感する。
小夜の言うとおり、寂しい。日を追うごとにその気持ちは大きくなっている。
「あー羨ましい。私も寂しいとか言ってみたいわ」
「いつも近くにいた人がいないって、寂しいものなのね」
「愛してるのねぇ」
ニヨニヨと小夜は羨ましげに奈津を眺めるが、奈津はドキンと心が揺れた。奈津と成臣の間に愛などないはずだ。愛しているだなんて考えたこともない。だってしょせんお互いの利害の一致のための仮初めなのだから。
奈津は返答に困る。
「えっ、いや、えっと……」
「照れなくてもいいじゃない。だってそうでしょう? 結婚していつも近くにいた両親と離れて暮らし始めたのに少しも寂しそうにしないで、成臣さんがたった数日いないだけでこの落ち込み様よ?」
「落ち込んではいないけど。ただ、……なんか背中が寒いなぁって」
「は? 何それ」
「いつも背中越しに感じていた成臣さんの体温が感じられなくて、寒くて寝不足なの」
実際、寝付きは悪かった。広い部屋、広いベッドは一人で過ごすにはどうにも居心地が悪く、事あるごとに成臣を思い出してはため息が出た。一度ベッドの真ん中で大の字になって優雅に寝てみようと試みたが、寂しさが募るだけで何の解決にもならなかったのだ。結局一人布団にくるまって小さくなって寝ている。
「ちょっと奈津、それって惚気って言うのよ。自覚ある?」
「へっ? ち、ちがっ……」
小夜に指摘されたとたん、カアアッと体温が上昇する。確かに言われてみれば一緒に寝ていることを堂々と暴露してしまったわけで、そんなつもりはなかった奈津はあわあわと慌てる。
「わ、私はただ単に寒いってことを言いたくて……」
「ああ、はいはい。わかったわかった。もう私はお腹いっぱいだわ」
奈津は必死に弁明するが、小夜は楽しそうにカラカラと笑いながら奈津をいつも通り揶揄い倒す。そして早く自分も結婚したいと、未来に想いを馳せるのだった。
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