3.喜びと不安と

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そんな話をしたからだろうか。 成臣がいないことを余計に意識してしまって、奈津は落ちつかない日々を過ごしていた。 自分は勉学に励みたくて結婚に同意したのだ。 それは成臣も同じ。彼は仕事に集中したい。 お互いの利害の一致でこうなったはずなのに、なぜこんな気持ちになるのだろう。 一人の時間はいくらでも勉強に充てることができる。読みたい本だっていくらでも読むことができる。楽しく女学校へ通ったって誰も何も文句は言わない。望んでいた生活がここにある。こんな幸せなことはないはずなのに。 気を紛らわすために本棚から一冊本を取り出す。 『奈津、ここにある本は好きに読んでいい』 ふいに成臣の言葉がよみがえる。 最初に置かれてあった本はあらかた読んでしまった。それを知った成臣はこれもいいものだよと、新しい本を紹介してくれ段々と本棚が充実してきている。 何をするにしても成臣が頭の中をチラチラと過り、なぜこんなことになるのか、奈津は頭を抱えたくなった。 今、成臣は何をしているだろうか。 ちゃんと食事をとっているだろうか。 ちゃんと睡眠をとっているだろうか。 無理をしていないだろうか。 考えれば考えるほど想いが募っていくようだ。というより、なんでもかんでも成臣と結び付けて考えてしまう。 こんなはずではなかったのに……。 『奈津』 成臣の声が恋しい。 あの柔らかくて落ち着いた声色で、名前を呼んでほしい。 (……呼んでほしい?) いつの間にか奈津の生活の一部を成臣が支配していることに気づいてしまった。むしろそれが当たり前でそうしてほしいと奈津も願っていて。そう考えると、それは紛れもなく、奈津が成臣を慕っているということで――。 奈津にとってそれが良いことか悪いことかわからないし、仕事をしたい成臣にとったら迷惑極まりないことかもしれないけれど。 (お慕いしてもいいのかしら……) 少なくとも、心の中でこっそり慕うことについては問題ないだろう。けれど奈津にとって今日のベッドはいつも以上に背中が冷たく感じられ、ソワソワしてしまってなかなか寝つくことができなかった。
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