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「やだ、奈津ったら酷い顔」
女学校で小夜と顔を合わせるなり、小夜は明け透けなく眉根を寄せた。奈津の目元はうっすらとクマを作り、全体的にどんよりとしている。自宅を出る前に使用人にも心配されてしまったから、よっぽどひどい顔をしているのだろう。なんとなくわかってはいるけれど。
「ちょっと昨日寝られなくて……」
「奈津ったら勉強のし過ぎなんじゃないの? どうせ遅くまで本を読んでいたんでしょう?」
「うん、それもあるんだけどね……」
奈津は歯切れ悪く小さくため息をつく。確かに本も読んだし勉強もした。けれどそのどれもが自分の身になったとは到底思えない。何度読んでもまったく頭に入ってこなかったし何度も同じページを行き来して、ため息の繰り返し。なぜそうなるのかといえば、どうしたって奈津の頭の大半を占めるのは成臣だからだ。気になって気になって仕方がない。それはもう、どうしようもなく抗えない事実で――。
「なによう、また背中が寒いとか言うんじゃないでしょうね?」
「うん、そう……」
「えっ、本当に? 奈津ったら大胆!」
「そっ、そんなんじゃないんだってば」
小夜にからかわれ、奈津は顔を赤くする。こんな気持ちは初めてだ。けれど、思わず素直に返事をしてしまったことに今さらながら後悔する。また小夜に揶揄われてしまうから。
「奈津に愛されて、成臣さんったら幸せよね」
「あ、あいっ……」
「もう、今さら照れなくてもいいじゃない」
「そう、なんだけど……」
そう、照れることではないのだ。二人は夫婦なのだから。だけどやはり仮初めだということが奈津の心にブレーキをかける。かけるのだが、じわじわとブレーキが放されそうでもあって困る。
以前父が仕事でしばらく家を空けたことがあったが、寂しかったり心配したりすることはなかった。むしろちょっとばかり気が楽であったりもしたのに。
成臣にだけ、こんな感情が芽生える。恋しくて恋しくてたまらない。
これが愛というのだろうか。奈津にはよくわからない。
「成臣さんの出張は一カ月でしょ? あと半月なんてすぐよ、すぐ。好きな本でも読んでいたら、あっという間に帰ってくるわよ」
「うん、そうだよね。ありがとう小夜ちゃん」
小夜がいてくれてよかったと思った。彼女はいつも明るい。それがなによりもありがたい。
学校にいる間は小夜とわいわい騒いでいれば幾分か気がまぎれるというものだ。
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