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自宅に戻ると使用人たちが掃除の手を止めて談笑していた。
奈津が帰ってきたことに気づいていないようで、おしゃべりに花を咲かせている。話の腰を折るのも悪いなと思った奈津は、こっそりと脇を通り過ぎようとした。
けれど――。
「政略結婚?」
「しっ。これは秘密だからね」
奈津の心臓はドキリと嫌な音を立てた。確かに二人の結婚は父と成臣の間で決まり、さらに奈津と成臣の利害の一致で結婚に至った。それは自分でもわかっていることだけれど、奈津が思っている結婚と使用人たちが話している内容には乖離があった。
「旦那様は奥方様のお父様の研究費用の出資を頼まれたらしいわよ」
「それのどこが政略結婚なの?」
「なんでも旦那様は出資するつもりはなくてお断りしたらしいけれど、見返りとして娘を差し出すって言われたんですって」
「ええ~、じゃあ奥方様は人質みたいなものじゃない」
「奥方様も大変よねぇ」
奈津は無意識に胸のあたりを掴んでいた。ズキリズキリと心臓が痛む。
政略結婚のみならず親の決めた相手と結婚することは珍しくもなんともなかった。それは奈津もわかっているし、使用人たちにとってもさほど珍しい話ではないだろう。だけど話題としてはもってこいで、おしゃべりに花が咲くのもわからなくもない。
そうはいうものの、成臣のことを慕っていると実感してしまった今は、その事実がやけに胸にずんと重くのしかかった。なにかに心臓を掴まれているかの如く体が重い。どうにも自分の気持ちだけが宙ぶらりんで、行き場がなく彷徨っているようだ。
成臣は優しい。優しいけれど、それは奈津のことを好きだからではない。元々の彼の性格なのだ。結婚して一緒に住んでいるからこそわかる、彼の本性。そして魅力。
――結婚なんて仮初めですよ
ふいに成臣に言われた言葉が頭をよぎる。
そうだった、仮初めなのだった。
なぜそのことを忘れて、慕うだの愛だのと浮かれていたのだろう。
成臣にとって奈津は取引の材料なのだ。承認魂の強い成臣が損得勘定なしに何の価値もない奈津と結婚するわけがない。そんなの、初めからわかっていたことではないか。
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