3.喜びと不安と

8/10

409人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ
パキッと音がして奈津を始め使用人もはっと顔を上げる。 「おっ、奥方様、おかえりなさいませ」 奈津の姿を確認した使用人たちは慌てて頭を下げた。焦っているのが目に見えるけれど、奈津は聞いていないフリをした。 「ごめんなさい、せっかく集めてくれた落ち葉を踏んでしまったみたいなの。もう一度集めてもらえるかしら?」 「もちろんでございます。こちらこそお帰りになったのを気づかず申し訳ございません」 使用人たちはそそくさと掃除の続きを始める。 奈津は泣きそうになる気持ちを隠しながら急いで自室へ入った。早く一人になりたかった。 ぐわんぐわんと奈津の頭の中には先ほどの使用人たちが話していたことが回っている。 理解できそうでできない、自分は何のために成臣と結婚したのだろうか。父の思惑と成臣の思惑がまったく理解できなかった。 大学教授の父が研究費用を捻出するため財閥の御曹司で貿易で財を築いている桐ヶ崎成臣に出資を頼んだことも知らなかった。使用人曰く、成臣は一度は断ったけれど、平田家は奈津を差し出した。それを成臣は了承した。 なぜ……? 奈津には自分が出資の見返りになるような特別な存在などとは到底思えない。 成臣が煩わしい見合い話を断るため? 奈津も結婚に興味がなかったため? 確かにそこに利害の一致はある。 あるのだが、それと出資が結びつかない。 そもそも、父が資金目当てで娘を簡単に嫁がせたこともまたショックだった。それほどまでに奈津に勉強をさせたくなかったのか、それとも結婚しないと豪語している娘の、いや、平田家の世間体を気にしたのか。 どちらにせよ、勉強がしたい、知見を広げたいという奈津の想いを汲み取ってくれたのは、成臣ただ一人。そこに損得勘定や利害関係があったとしても、紛れもなく成臣は奈津に対してのよき理解者である。 けれど成臣は一体何を思っているのだろうか。 どうしようもなく不安になる。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

409人が本棚に入れています
本棚に追加