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手紙と小箱は自室に持ち帰った。とてもじゃないけれど食堂で開ける勇気は出なかった。一人の空間で、恐る恐る封を切る。
達筆な文字で便箋二枚にわたり、たくさんのことが書いてあった。奈津ははやる気持ちを抑えながらゆっくりと文字を追う。
無事に神戸に着いたこと。
神戸の街並みはどんなものかということ。
奈津は元気でやっているかと生活を気遣うこと。
これからどんな商人に会ってどんな取引をするかというビジネスのこと。
そして――。
フランスからの輸入品で香水を手に入れ、それは奈津への贈り物だということ。
奈津は小箱を開ける。上品な瓶が入っており、蓋を開ければふわっと異国情緒あふれる香りが漂った。
「素敵……」
奈津は小瓶を掲げる。
月明かりに照らされてガラス瓶がキラキラと輝いた。
奈津の机の上には成臣からの贈り物が少しずつ増えていく。それらを眺めるたびに奈津の中で成臣への想いがますます大きく高まっていくのを感じていた。
同時に、成臣はどんな気持ちで結婚を決め、どんな気持ちで日々を過ごしているのだろうかと不安にもなる。使用人たちの話を聞いてしまった今はなおさらだ。
仮初めだからといって特別に関係が悪いわけではない。
好きな勉強をさせてもらえるし成臣の仕事について行くことだってある。
たわいない話もする。
優しい言葉をかけてくれる。
贈り物もしてくれる。
成臣への気持ちが日々大きくなっているのはわかっている。けれどこの気持ちをどうしたらいいのか、どこにぶつけたらいいのかよくわからない。奈津の心の中にしまっておけば良いのだろうか。それももう限界のような気がしてならない。
胸の内の喜びと不安を抱えたまま、奈津は今日も寂しく一人ベッドへ入った。やはり背中は冷たいままだった。
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