4.仮初めを卒業したく

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4.仮初めを卒業したく

秋めいたカラリとした風が吹いて、夕方になるにつれて少しばかり冷えるようになってきた。日が暮れるのも少しずつ早くなってきたように感じる。 奈津は学校帰りに、小夜と一緒に神社の縁日に立ち寄った。小夜とこうして帰りに寄り道するのはいつぶりだろうか。今日ばかりは桐ヶ崎家のお迎えは丁重にお断りし、ぷらぷらとゆっくり歩いて回る。 「たまにはこうして奈津と息抜きしないとね!」 「そうよね」 小夜の言葉に奈津も頷きながら同意する。学校帰りの寄り道はあまり親がいい顔をしないため、今までもあまりしたことはなかったが、何だか今はその足枷が外れて自由な気がする。かといって、なんでもかんでも自由にしていいわけではないが、成臣がいたとしても快く送り出してくれそうな気がする。直接許可を取ったわけではなく、あくまでもイメージなのだが。 多くの出店や屋台が並び、人の往来も多い。何かを買わなくとも賑やかしい雰囲気だけで気分も上がる気がする。 二人はたわいもない話をしながら出店を見て回り、奥の神社まで抜けた。少しばかり喧騒から抜けた本殿の前は、普段よりも参拝する人で溢れている。 せっかく来たのだからと、人の波に乗って手を合わせた。目を閉じると、風が凪ぐゆらめきが肌に伝わってきて神聖な気持ちになる。 (神様、どうか成臣さんが無事に帰ってきますように。早く成臣さんに会いたいです。それから、……成臣さんが私のことを好きになってくれますように) 何を願おうかと考える前に、奈津の意識は勝手にそう告げていた。縁日に来て気分も上がると思いながら、考えることは成臣のことばかり。 パチリと目を開けた奈津に、小夜はニヨニヨと覗き込む。 「ずいぶん長いことお願いしてたけど、何をお願いしたの?」 「えっ?」 「奈津のことだからどうせ成臣さんのことでしょー?」 「なっ、あっ、ちっ……」 「もう、わかったわかった。そう照れなくてもいいじゃない、夫婦なんだからさ」 奈津のことなどお見通しだとばかりに小夜は楽しそうに笑う。奈津は不満げに頬を膨らませたが、そんなにも成臣のことばかり気にしているように見えたのだろうか、わかりやすい自分の態度に少々反省だ。 「私は御守り買うけど、奈津はどうする?」 「御守りかぁ……」 たくさんの種類の中から、小夜は『縁結び』と書かれた御守りを手に取る。 「ふふ、小夜ちゃんらしい」 「神様に、素敵な殿方と巡り会えますようにってお願いしたわ。あとはこの御守りを肌身離さず持っていれば完璧よね!」 「逞しいなぁ」 奈津はくすくす笑う。せっかくだからと奈津も御守りを選ぶ。勉学成就守にしようか、商売繁盛にしようか……。 「あっ」 可愛らしい小花の刺繍が入った御守り袋が目にとまった。薄紅色と群青色で対になっている。『夫婦守り』と書かれたそれは、どうやら夫婦で一体ずつ持つらしい。 そういえば奈津は成臣にもらってばかりで自分から何かを贈ったことはない。奈津よりも人生経験が豊富で商人な成臣に何かを贈ったところで、喜ばれる可能性は低いような気がしている。 だったらこの御守りはどうだろうか。 成臣のことを守ってくれるし、なにより夫婦で一体ずつ持つというところが奈津には魅力的に感じられる。そういうことをしたいと思ってしまうあたり、奈津は成臣を慕っていることをひしひしと実感して、胸がヒリヒリとした。 「これにするの?」 「う、うん」 控えめに頷けば、小夜は「奈津らしいわね」と朗らかに笑った。やはり小夜には何もかもお見通しのようで、奈津はほんのり頬を染める。 「私、成臣さんにもらってばかりで、何もお返ししてないの。だけど成臣さん、何でも持ってそうだし、何が喜んでくれるかわからないんだけど……」 「御守り、いいじゃない」 「そう思う? 喜んでくれるかな?」 「喜んでくれるよ。ていうか、奈津が選んだものなら何でも喜んでくれると思うわ」 「そうだといいけど……」 奈津は夫婦守りを掲げる。 涼しげな風がぴゅうっと吹き抜けて、御守りをほのかに揺らす。揺れた御守りは重なり合って、まるで寄り添うようにぴったりとくっついた。
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