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夕暮れに向かうにつれて人も増えますます賑やかになってきた。奈津と小夜は縁日の出店を一通り見てまわると、あんみつだけ買って神社の端の石段に座る。甘くてつるつるとした喉ごしのあんみつは、歩き回って小腹の空いた二人にちょうど良い安らぎを与えた。
「成臣さんからお手紙をもらったの。私もお返事を書こうかしら」
「いいんじゃない? でも届く前に成臣さん帰ってきちゃうんじゃないの?」
「うっ、そうかもしれないわ……」
成臣が神戸に行ってからもう半月以上経つ。一ヶ月ほどの予定だから、あと十日ほどすれば帰ってくるはずだ。
「楽しみね、成臣さんが帰ってくるの」
「うん、早く会いたいわ」
素直に頷けば、またもや小夜がニヨニヨと笑みを称える。
「……なによぅ」
「素直な奈津が可愛いなあって思っただけよ」
「もうっ、揶揄わないで」
「だってぇ、羨ましいんだもの」
奈津は胸がムズムズと落ちつかなくなる。まさか自分がこんな風に誰かを好きになるなんて思わなかった。勉学を志す奈津にとって、恋愛や結婚など二の次、それどころか足枷にしかならないと思っていたのに。どうしてこんなことになったのか、自分でも上手く説明ができない。
ただ、成臣と過ごす毎日がとても充実していて楽しくて、成臣の落ち着いた声や丁寧で優しい所作がいちいち奈津の五感を刺激する。
奈津の学びたいという好奇心もその広い懐で受け入れてくれ、時おり助言も交えながら耳を傾けてくれる、奈津を受け入れてくれる。
そんな環境が奈津にはとてもありがたくて、尊い。
でも決して環境だけではない。やはりそこには成臣の優しい人柄が滲み出ていて、奈津はそれに触れるたび胸がきゅんと締めつけられ体の奥が熱くなってゆくのを感じていた。
日々募る成臣への想い。
奈津は先ほど授かった夫婦守りを巾着から取り出す。
成臣が帰ってきたらひとつ渡そう、受け取ってもらえるかはわからないけれど、少しでも成臣と夫婦でありたいと願う。
それが例え仮初めだったとしても――。
「成臣さん、きっと喜んでくれるわよ」
「うん、そうだといいけど」
二人はゆっくりと立ち上がる。名残惜しさを感じながら陽が落ちる前に家路を急いだ。あまり遅くなると使用人たちに心配をかけてしまうし、小夜も親に小言を言われてしまうからだ。
「小夜ちゃん、今日はありがとうね」
「こちらこそ。楽しかったわ。また来ましょうね」
短時間だったけれど奈津にとってはとても気晴らしになった。誘ってくれた小夜に感謝だ。
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