2.仮初めの結婚

2/11

409人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ
大学教授の娘に生まれた奈津は、小さい頃から書物に囲まれた影響か勉強が好きだった。女は家庭での役割を求められ学問は不要だと言われていた時代。それが文明開化によって徐々に女子の教育が広まりつつある。だが平田家にとってはまだまだその考えは浸透していない。現に母親は父親の言いなりであり、今も半歩後ろで意見もせず小さく頷いている。 どうにも頭が固い両親にため息をつきたくなるのを我慢して、奈津は一息に言う。 「お見合いの話など持ってこないでください」 何が女の幸せだ。幸せを語るのならば、勉強をしたいという奈津の夢を叶えてこそ幸せだろう。まだまだやりたいことはたくさんある。世間一般では嫁ぐのが当たり前かも知れないが、そこに合わせる必要などないと奈津は考える。時代は変わり始めているのだ。それに、両親は世間体を気にしているだけだ。 そう自分の意見をピシャリと言い放つ奈津だったが、次に父親の口から出た言葉は衝撃の一言だった。 「今回はお見合いではない。結婚だ」 「ですから……え、結婚?」 「そうだ。もう決まった話なのだ」 「……は?」 いまいち話が噛み合わず奈津は首を傾げながら目をぱちくりさせた。 お見合いではなく結婚、そしてそれはもう決まった話であると父は言う。どんなに噛み砕いても奈津の結婚は勝手に決められてしまったのだとしか理解できなく、奈津は再度カッと頭に血が上った。 「嫌です。お断りします」 「断ることは許されん。これは平田家と桐ヶ崎家で決まった話なのだ。お前の意見など聞かん」 強引に話を進める父に、奈津はギリっと奥歯を噛んだ。自由恋愛などあってないようなもの。大抵は親が持ってきた縁談を受けて結婚し、それに伴って女学校を辞めていく者ばかりだ。そうして売れ残った女子のことを世間では老嬢と呼んでいることを当然奈津も知っている。つい最近も同級生が結婚して学校を辞めた。まわりは皆、口を揃えて「羨ましい」と騒いでいたのをよく覚えている。 それでも、奈津は結婚よりも勉強がしたいのだ。知識を得ることの何が悪いのか、ちっともわからない。結婚することが幸せだと、誰が決めたのか。 頭でっかちな父にどうしたらわかってもらえるのだろうか。 「ふざけないでください」 「ふざけているのはどっちだ」 何度目かの言い合いのあと、再び父の怒号がとんだ。それと共に手が振り上げられ、奈津は反射的に目を閉じる。 ぶたれる――。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

409人が本棚に入れています
本棚に追加