2.仮初めの結婚

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頬を叩かれる覚悟をした。 それなのに、一向に衝撃はおとずれない。 「き、桐ヶ崎さん……」 思わぬ怯んだ声に、奈津はそっと目を開けた。そこに飛び込んできた光景は、父親の腕をガシッと掴んで止めている一人の青年の姿だった。 さらりとした前髪から覗く切れ長で二重の瞳は、長い睫毛で縁取られている。涼やかでいて酷く冷ややかな視線に、奈津はびくりと肩を震わす。だがその視線は奈津を見ているのではなく、父の方に向けられていた。 彼の鼻筋は通りとても綺麗で、スラリと伸びた手足に洋服がよく似合う。世間ではまだ和服が多いこの時代に目を惹く容姿は、図らずも奈津をドキっとさせた。 「これは一体どういうことでしょう?」 柔らかでいて抑揚のない声は、彼が不機嫌であるということを表しているようだ。奈津は口を挟めぬまま、じっと二人のやり取りを見つめるしかない。 「い、いえ、お見苦しいところを」 あれだけ虚勢を張っていた父が一瞬にして怯む。こんな父は今まで見たこともなく、奈津は驚きのあまり父と彼を交互に見やる。どう考えても父より年下に見えるのにどうしたというのか。それほどまでにこの青年の威圧感は凄まじいものがあった。 「初めまして、奈津さん。私は桐ヶ崎成臣と申します」 柔らかな声で丁寧に挨拶する成臣は、父に向けていた冷ややかな視線をふっと緩めて奈津を見た。物腰の柔らかい成臣は三つ揃えの洋服を着ており、上品でいてどことなく西洋の香りが漂う。 「あ、あの……」 奈津はしばらくあっけにとられていたが、彼が結婚相手である「桐ヶ崎」だということを理解するとぐっと拳を握り自分を奮い立たせた。 結婚はしないときっぱりと断ろう。 そう口を開きかけた時――。
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