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先に成臣の薄くて綺麗な唇が開かれる。
「ずいぶんと威勢のいい方のようですね。私と結婚はしたくないと?」
不敵な笑顔が逆に怖い。その言葉は奈津に向けられたものなのか父親に向けられたものなのか。成臣は先程の奈津と父親のやり取りを聞いていたに違いない。
奈津は思わずぐっと言葉に詰まった。結婚はしたくないと頷くだけなのに、成臣の強い瞳が奈津を見据えそれを許してくれない。まるで彼に魅入られるかのように奈津はその場で固まる。
だが成臣はふと視線を緩めた。
そして柔らかく微笑む。
「それは好都合だ。私も結婚には乗り気ではない」
「え?」
予想外の言葉に思わずポカンとしてしまう。結婚は家同士が決めたことではなかっただろうか。だがそれならそれで結婚したくない奈津にとっては好都合とも言えるのだが……。
「あ、あの、では……」
「私も見合い話は幾度となくもらい断ってきた。あなたもそうでしょう? そんな私たちが結婚すればお互い煩わしい見合い話が今日で終わるのです。馴れ合う気がないのなら私とあなたは利害が一致する。私は仕事に集中できるし、あなたも自由に勉強したらいい。だから私はあなたと結婚したい。悪くない話ではないかな?」
成臣の言葉が奈津の脳内をぐるりと巡る。
成臣も奈津と同じく自分の好きなことに集中したいのだとしたら、確かに利害の一致と言えなくもない。
「そ、そうかもしれませんけど……でもそんなことで結婚だなんて……」
ありえない、と奈津は思う。だったらお互い結婚などしなければいい。煩わしい見合い話は毎回断るだけだ。そうすればいつかきっと飽きられて誰からも声をかけられないだろう。そう思うのに、はっきり答えることができなくて、戸惑いのあまり視線が泳いだ。
ふいに成臣は奈津の耳元に口を寄せる。
「しょせん結婚なんて、人を欺く仮初めですよ」
父に聞こえないくらいの大きさで囁かれ、妙な背徳感に奈津は唾をごくりと飲む。そうなのかもしれない、などと成臣の言葉に引き寄せられるかのように、奈津は小さく頷いた。
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